2011年08月11日

レスピーギ:リュートの為の古風な舞曲とアリア

・・・といえば、第3組曲ばかりが突出して有名だが、コンスタンティン・シチェルバコフが弾く、レスピーギ自身によるピアノ独奏編曲版を聴く限り、第1・第2組曲も興味を惹かれる。
第1・第2組曲と第3組曲が一緒に録音されることは殆どないようだが、それにはそれなりの理由があるように思われる。それは編成の違いである。第3組曲は弦楽オーケストラがあれば良いのに対し、第1組曲は弦楽オーケストラに木・金管楽器、ハープ、チェンバロが加わる。第2組曲に至っては第1組曲の編成に加え、管楽器群が増え、更にチェンバロが連弾になり、チェレスタと打楽器が加わる(ということが、楽譜を見ると分かる)。
これでは、1枚のCDに収録したり、1つの演奏会で上演したりというのはなかなか難しいだろう。

色々調べてみたが、今のところ音源として入手可能な全曲収録盤は、小澤征爾指揮のボストン響のもののみらしい。
先日、全曲収録盤と勘違いして、第3組曲のみ(他に、別の作曲家の作品が2つ収録されてはいるが)のCDを買ってしまった。
イタリア合奏団(I solisti Italiani)のものだったが、イタリア的な明るさを表現するによく合う響きを持ち、創り出す音楽も素晴らしい。当初の目的からすると完全に失敗だったのだが、こんなものを聴かされると「買って良かった」と言わざるを得ない(笑)。

「リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲、他 イタリア合奏団」
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2011年07月18日

菅政権のいま

菅政権発足時には「従来の政権では解決しえなかった問題を果断に解決してくれるのではないか」と、随分と期待もしていた。が、最近、特に3月11日の震災以後の政治報道を見ていると、どうもそういうものとはかけ離れた実態が見て取れる。
政界での様子は兎も角、過去の阪神淡路大震災と比べても、被災地支援の進捗が全く不十分であるのはごまかしようのない事実。誰がやっても差別化が出来ないといわれているこの種の対応がこれだけ出来ていないというのは、はやり政権として無能であると言わざるを得ない。
後々まで残り、評価されるのは、見栄ではなく実績。真にプライドが高いなら、見栄はいつどのようにでも捨てられる筈だが、果たして・・・

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2011年07月11日

ヴィーチェスラフ・ノヴァーク:「《バラード》バイロンの“マンフレッド”のあとに」Op.2

この曲は、ノヴァークの作品中、スラヴ的な色彩の濃い作品の一つだが、技法はリスト・フェレンツに似ているとの指摘もある。
バイロンの“マンフレッド”は、邦訳が昔出ていたらしいが絶版とのことで、そのうち図書館にでも行って読んでみなければと思いつつ、現時点では未読。
「若さ」Op.55 や「英雄」ソナタ Op.24 でも感じたことだが、兎に角ノヴァークの作品は暗譜が難しい。
これは恐らく、自分の手に和声が馴染まない(逆にブラームスだとやたらと手に馴染む)ことと、作品の和声がよく分かっていないままに弾いているからだろう。実際、「何でこんな和音なの?」と思いながら弾いている箇所は、ノヴァークの作品に限って多い。
もう少しちゃんと和声を勉強し直したら、少しは譜読みもマシになるだろうか。
posted by D(各務) at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 練習記

2011年07月06日

ヨセフ・スク氏の死に寄せて

チェコのばよりにすと、ヨセフ・スク氏がこの日、81歳で亡くなった。
http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY201107080150.html

聴いて心地よく、彼ほど「芸達者」という言葉の当てはまる弦楽器奏者もそうそうなかったのではないか。
割と最近まで現役演奏家として活躍しており、しかも親日家であったという。
そんな彼の演奏を生で聴けなかったのは痛恨の極みであった。

スク氏の演奏に触れるきっかけとなったのは、フィビヒのヴァイオリン作品集のCDであった。




Fibich: Píseň beze slov (2 housle, klavír)
フィビヒ:2つのヴァイオリンとピアノのための無言歌(遺作)
posted by D(各務) at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2011年06月19日

フィビヒ:《アルバムリーフ》 Op.2

以前某ピアノサークルでご一緒させて頂いていた方の一人(今でも別な形であるが連絡は取り合えるようになっている)から教えて頂いて、

 Slavic Miniatures (スラヴの小品集)

という曲集を入手した。
#注文して、届いたのが今日だった。
リスト・フェレンツの全集を出していることでも有名なハンガリーの出版社、Editio Musica Budapest が出版している。
「あれ? ハンガリーって、スラヴ民族国家だったっけ? 住んでいるのはマジャール人だったのでは? それがどうしてスラヴの曲集を?」
・・・という、若干どうでも良い疑問を感じつつも、この曲集の新刊が手に入ったのは有り難かった。
というのも、現行の楽譜では、ABRSM(英国王立音楽院)が出している曲集と、Editio Supraphon(現在の Editio Bärenreiter, Praha)から出ている曲集に、それぞれ2曲ずつくらい載っている程度で、これまでお目に掛かっていない曲もあったし、更には古書でも見つからないからであった。

5曲で構成されているが、どれも1頁程度の短い曲ばかりだ。
輪唱風の終曲 "Epilogue" は、上述のABRSMの曲集に入っていたから、10年以上前に弾いていた。輪唱風というのは、ピアノ曲としてはちょっと変わったアイディアのようにも思える。何となく物寂しげな雰囲気の曲である。

さて、この作品の第3曲に「漁師の歌」というのがある。6/8拍子のこの曲、弾いてみると、冒頭2小節が何かを彷彿とさせる。
一瞬何だろうと思ったが、答えはすぐに出た。ショパンのピアノソナタ第3番ロ短調の終楽章の主題だ。
ショパンのソナタの楽譜が手許にないので、和声レベルでまで確認はしていないが、実際のところはどうだろう。フィビヒはショパンよりも後の時代の人物だから、ショパンのソナタを知っていた可能性はある。ただ、この作品を作曲した15,6歳の時点ではどうであったろう。
それにしても、何故この曲が「漁師の歌」だったのか。それなりの出自があったのか少年らしい思いつきで決めたに過ぎないのかは現時点では何とも言えない。が、仮に前者であった場合、ちょっと面白いことになってくる。「ショパンのソナタも同様だったのか?」という推測も出来るからである。
posted by D(各務) at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2011年05月21日

今日の荷物

最近、バラバラの時期に新旧取り混ぜて幾つか注文していた、フィビヒの楽譜やら音楽書などがいっぺんに届いた。

■メロドラマ
一番楽しみにしていた、フィビヒのメロドラマ「女王エマ」(作品番号なし)と「ハコン」は、研究文献か楽譜か定かでなかったのだが、楽譜だった。
メロドラマはCDで散々聴いたが、(どんな作品のどんな録音もそうだが)やはり細かいところは良く聴き取れず、楽譜を見て弾いてみると、「あ、こんな音を弾いていたのか」というところもチラホラある。
ストーリーをちゃんと読んでからだけど、ハコンはいつかどっかでやってみたい(でも難しそうだ;;;)。

■ピアノ四重奏曲
この曲も、届いた中にあった。
ベーレンライター・プラハからAuthorized copy を取り寄せることを考えるとエラく高かったが、ベーレンライター・プラハで直接買い物をすると銀行送金しか支払い手段がなく(カードもPayPalもNG)、銀行送金は手数料だけで4,000円も掛かることから、結局どっちもどっちかな、というのもあった。
吃驚するほど立派なハードカバーの装丁になっていた。しかもパート譜も厚紙ではないが表紙がつけられていて、これまた立派な物だ。多分私の手許に来るまでのいつかの時点での所有者がやったのだろう。刊行年が書いてなかったが、出版社の振った番号を基に虎の巻で調べてみたところ、1880年とのことだった。
主要な室内楽はこれで一通り揃ったかな。
そのうち、一部なりとも遊ぶ機会があると良いんだけど。

他にも色々あるが、今回はいっぺんに来すぎて、書ききれない。
posted by D(各務) at 22:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽

2011年05月17日

ヴォジーシェクの名前

ベーレンライター・プラハから刊行されている、ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの作品主題目録を見てみた。
シューベルトとほぼ同じ時代を生き、シューベルト同様30代前半で世を去ったヴォジーシェク。死の病で床に就いたとき、以前から彼をかわいがっていたベートーヴェンは、自分の主治医を派遣したものの、その甲斐もなくということだったらしい。
そんな短命の作曲家だったから、作品は少ない。シューベルトと作品数を比べるのはちょっと酷だ。

名前が兎に角長い。
Jan Václav Hugo Voříšek
「ヤン・ヴァーツラフ・フゴ(ドイツ語式にはフーゴ?)・ヴォジーシェク」となる。
Václav か Hugo のどちらかに括弧がつけられていることが多いので、どっちがどうなのだろうと思っていたのだが、もとの名は、「ヤン・フゴ」で、洗礼名が「ヤン・ヴァーツラフ」、それにプラス、ファミリーネームの「ヴォジーシェク」ということだそうだ。

posted by D(各務) at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2011年04月26日

レスピーギ:チェロと管弦楽の為の Adagioと変奏

2月20日の記事でも触れた作品だが、先日スタディスコアとピアノ伴奏版の楽譜を取り寄せた。前者は神戸楽譜、後者はアカデミアから。
神戸楽譜がストックしているスコアは、Edizioni Bongiovanni - Bolognaという出版社のモノだが、アカデミアで扱っているMusikproduktion Höflich, München版よりは若干安価なようだ。

この曲は案外知られていないようだが、レスピーギらしい色彩感、スケールの大きさを感じさせるオーケストレーションなど、なかなか魅力的な作品だと思う。
posted by D(各務) at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2011年04月14日

J. V. ヴォジーシェク:《6つの即興曲》 HENLE版

以前ここでも取り上げたことのある、ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェク [J. V. Voříšek] のHENLE版、漸く見てみた。
ソナタなどが目当てだったのだが、既に所持している《6つの即興曲》も入っていて、これは若干誤算だった。
他には、「即興曲」、《幻想曲 Op.12》、《6つの変奏曲 Op.19》、《ソナタ Op.20》が収録されている。

これまで、HENLE版というのは基本的に校訂がきっちりされているものというイメージがあったが、今回この楽譜を見るにつけ、だからといってこれを鵜呑みにするのもどうかという気がしてきた。
というのも、即興曲第5番を見ていたのだが、そこにはベーレンライター・プラハ版に書かれていたタイの多くが欠落していたからだ。
譜例を示せないので、楽譜が手許にない人には著しく説得力に欠けるが、例えば9小節目〜10小節目のバス(E)はタイで繋がっている方が自然だが、HENLE版ではそうなっていない。同様の箇所は全て同様にタイが欠落している。
一方、75小節目の運指はベーレンライター・プラハ版の指示よりも私の指には適っていた。
ペダルの指示も微妙で、HENLE版の場合、トリオのところのみにあるのだが、モダンピアノでの演奏でそこに書かれている通りに踏んだら、かなり音が汚くなると思うのだ。但し、ペダルを踏んでも残響が大して長くなかったヴォジーシェクの時代のピアノで弾く分には、全く問題なかったに違いない(ヴォジーシェクの短い生涯は、彼に目を掛けていたベートーヴェンの後期と重なる)。
無論、ベーレンライター・プラハ版では、同じ箇所でももう少し細かく踏み直すように指示がなされている。

思うに、HENLE版の方が、一次資料(それが自筆譜かどうかはさておき)により忠実で、ベーレンライター・プラハ版はより実際的な方針で校訂・編集されているのではないか。
HENLE版に書かれていない多くのタイが、一次資料には書かれていない為に、HENLE版でも追記されていないのではないか。そうでなければ、ないと不自然であるにも関わらず、こうも抜けたままにはなっていないだろうと思うのだ。
posted by D(各務) at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2011年04月11日

必要物資・支援要求マップ 311HELP.com

東北の高校生が作ったらしい。
Google Map と組み合わせて、「どこで何が必要とされているか」をインタラクティヴに情報共有出来るもので、被災地の物資支援に役立ちそうである。


posted by D(各務) at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らしの情報