2011年06月19日

フィビヒ:《アルバムリーフ》 Op.2

以前某ピアノサークルでご一緒させて頂いていた方の一人(今でも別な形であるが連絡は取り合えるようになっている)から教えて頂いて、

 Slavic Miniatures (スラヴの小品集)

という曲集を入手した。
#注文して、届いたのが今日だった。
リスト・フェレンツの全集を出していることでも有名なハンガリーの出版社、Editio Musica Budapest が出版している。
「あれ? ハンガリーって、スラヴ民族国家だったっけ? 住んでいるのはマジャール人だったのでは? それがどうしてスラヴの曲集を?」
・・・という、若干どうでも良い疑問を感じつつも、この曲集の新刊が手に入ったのは有り難かった。
というのも、現行の楽譜では、ABRSM(英国王立音楽院)が出している曲集と、Editio Supraphon(現在の Editio Bärenreiter, Praha)から出ている曲集に、それぞれ2曲ずつくらい載っている程度で、これまでお目に掛かっていない曲もあったし、更には古書でも見つからないからであった。

5曲で構成されているが、どれも1頁程度の短い曲ばかりだ。
輪唱風の終曲 "Epilogue" は、上述のABRSMの曲集に入っていたから、10年以上前に弾いていた。輪唱風というのは、ピアノ曲としてはちょっと変わったアイディアのようにも思える。何となく物寂しげな雰囲気の曲である。

さて、この作品の第3曲に「漁師の歌」というのがある。6/8拍子のこの曲、弾いてみると、冒頭2小節が何かを彷彿とさせる。
一瞬何だろうと思ったが、答えはすぐに出た。ショパンのピアノソナタ第3番ロ短調の終楽章の主題だ。
ショパンのソナタの楽譜が手許にないので、和声レベルでまで確認はしていないが、実際のところはどうだろう。フィビヒはショパンよりも後の時代の人物だから、ショパンのソナタを知っていた可能性はある。ただ、この作品を作曲した15,6歳の時点ではどうであったろう。
それにしても、何故この曲が「漁師の歌」だったのか。それなりの出自があったのか少年らしい思いつきで決めたに過ぎないのかは現時点では何とも言えない。が、仮に前者であった場合、ちょっと面白いことになってくる。「ショパンのソナタも同様だったのか?」という推測も出来るからである。
posted by D(各務) at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2011年05月21日

今日の荷物

最近、バラバラの時期に新旧取り混ぜて幾つか注文していた、フィビヒの楽譜やら音楽書などがいっぺんに届いた。

■メロドラマ
一番楽しみにしていた、フィビヒのメロドラマ「女王エマ」(作品番号なし)と「ハコン」は、研究文献か楽譜か定かでなかったのだが、楽譜だった。
メロドラマはCDで散々聴いたが、(どんな作品のどんな録音もそうだが)やはり細かいところは良く聴き取れず、楽譜を見て弾いてみると、「あ、こんな音を弾いていたのか」というところもチラホラある。
ストーリーをちゃんと読んでからだけど、ハコンはいつかどっかでやってみたい(でも難しそうだ;;;)。

■ピアノ四重奏曲
この曲も、届いた中にあった。
ベーレンライター・プラハからAuthorized copy を取り寄せることを考えるとエラく高かったが、ベーレンライター・プラハで直接買い物をすると銀行送金しか支払い手段がなく(カードもPayPalもNG)、銀行送金は手数料だけで4,000円も掛かることから、結局どっちもどっちかな、というのもあった。
吃驚するほど立派なハードカバーの装丁になっていた。しかもパート譜も厚紙ではないが表紙がつけられていて、これまた立派な物だ。多分私の手許に来るまでのいつかの時点での所有者がやったのだろう。刊行年が書いてなかったが、出版社の振った番号を基に虎の巻で調べてみたところ、1880年とのことだった。
主要な室内楽はこれで一通り揃ったかな。
そのうち、一部なりとも遊ぶ機会があると良いんだけど。

他にも色々あるが、今回はいっぺんに来すぎて、書ききれない。
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2011年05月17日

ヴォジーシェクの名前

ベーレンライター・プラハから刊行されている、ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの作品主題目録を見てみた。
シューベルトとほぼ同じ時代を生き、シューベルト同様30代前半で世を去ったヴォジーシェク。死の病で床に就いたとき、以前から彼をかわいがっていたベートーヴェンは、自分の主治医を派遣したものの、その甲斐もなくということだったらしい。
そんな短命の作曲家だったから、作品は少ない。シューベルトと作品数を比べるのはちょっと酷だ。

名前が兎に角長い。
Jan Václav Hugo Voříšek
「ヤン・ヴァーツラフ・フゴ(ドイツ語式にはフーゴ?)・ヴォジーシェク」となる。
Václav か Hugo のどちらかに括弧がつけられていることが多いので、どっちがどうなのだろうと思っていたのだが、もとの名は、「ヤン・フゴ」で、洗礼名が「ヤン・ヴァーツラフ」、それにプラス、ファミリーネームの「ヴォジーシェク」ということだそうだ。

posted by D(各務) at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2011年04月26日

レスピーギ:チェロと管弦楽の為の Adagioと変奏

2月20日の記事でも触れた作品だが、先日スタディスコアとピアノ伴奏版の楽譜を取り寄せた。前者は神戸楽譜、後者はアカデミアから。
神戸楽譜がストックしているスコアは、Edizioni Bongiovanni - Bolognaという出版社のモノだが、アカデミアで扱っているMusikproduktion Höflich, München版よりは若干安価なようだ。

この曲は案外知られていないようだが、レスピーギらしい色彩感、スケールの大きさを感じさせるオーケストレーションなど、なかなか魅力的な作品だと思う。
posted by D(各務) at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2011年04月14日

J. V. ヴォジーシェク:《6つの即興曲》 HENLE版

以前ここでも取り上げたことのある、ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェク [J. V. Voříšek] のHENLE版、漸く見てみた。
ソナタなどが目当てだったのだが、既に所持している《6つの即興曲》も入っていて、これは若干誤算だった。
他には、「即興曲」、《幻想曲 Op.12》、《6つの変奏曲 Op.19》、《ソナタ Op.20》が収録されている。

これまで、HENLE版というのは基本的に校訂がきっちりされているものというイメージがあったが、今回この楽譜を見るにつけ、だからといってこれを鵜呑みにするのもどうかという気がしてきた。
というのも、即興曲第5番を見ていたのだが、そこにはベーレンライター・プラハ版に書かれていたタイの多くが欠落していたからだ。
譜例を示せないので、楽譜が手許にない人には著しく説得力に欠けるが、例えば9小節目〜10小節目のバス(E)はタイで繋がっている方が自然だが、HENLE版ではそうなっていない。同様の箇所は全て同様にタイが欠落している。
一方、75小節目の運指はベーレンライター・プラハ版の指示よりも私の指には適っていた。
ペダルの指示も微妙で、HENLE版の場合、トリオのところのみにあるのだが、モダンピアノでの演奏でそこに書かれている通りに踏んだら、かなり音が汚くなると思うのだ。但し、ペダルを踏んでも残響が大して長くなかったヴォジーシェクの時代のピアノで弾く分には、全く問題なかったに違いない(ヴォジーシェクの短い生涯は、彼に目を掛けていたベートーヴェンの後期と重なる)。
無論、ベーレンライター・プラハ版では、同じ箇所でももう少し細かく踏み直すように指示がなされている。

思うに、HENLE版の方が、一次資料(それが自筆譜かどうかはさておき)により忠実で、ベーレンライター・プラハ版はより実際的な方針で校訂・編集されているのではないか。
HENLE版に書かれていない多くのタイが、一次資料には書かれていない為に、HENLE版でも追記されていないのではないか。そうでなければ、ないと不自然であるにも関わらず、こうも抜けたままにはなっていないだろうと思うのだ。
posted by D(各務) at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2011年04月11日

必要物資・支援要求マップ 311HELP.com

東北の高校生が作ったらしい。
Google Map と組み合わせて、「どこで何が必要とされているか」をインタラクティヴに情報共有出来るもので、被災地の物資支援に役立ちそうである。


posted by D(各務) at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 暮らしの情報

2011年03月17日

震災翌々日

朝6時半過ぎ、実家のドアのチャイムのボタンを押した。
停電だから鳴るまいと思ったが、やはり鳴らなかった。
ドアをノックした。
誰も出てこなかった。
強く叩きもしたが、やはり誰も出てこなかった。
持ってきた鍵で開けて、入った。
寝室に踏み込んだ。
寝ていた。
死んではいなかった。

疲れているだろうに可哀想だとは思ったが叩き起こし、親戚一同が如何に心配しているかを伝え、「近くに公衆電話があって、それは使えるのだから皆に連絡して安心させるように」と言って、持ってくることが出来たものだけ渡して、すぐ引き返した。
急いで引き返し、物資を積んでもう一度来なければと思ったからだったが、それは既に無駄な思案であったことを、その日の夕方までに思い知ることとなったのだった。
またも渋滞に悩まされつつ漸く帰宅したのが午後4時過ぎ。しかしその頃には近所でも買い溜め(?)が始まっており、水もガソリンも全く手に入らなくなっていたからだ。
posted by D(各務) at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年03月16日

震災翌日(3)

結局、水戸で泊まるのは諦めて(寝るとき用にポケットウィスキーまで買い込んだのに!)、実家まで向かった。
実家の近くまで来ると、通行止めに阻まれた。
こんなときにちゃんと警備員がいて(しかも深夜1時半頃)、迂回を指示された。
道路沿いの石塀が崩落して、通行は危険だからという。
「この先に行きたいんだ」と説明すると、実際の崩落現場の手前までは行って良いとのことだったので向かってみたが、実家の最寄りの交差点にたどり着く前に、崩落現場に着いてしまった。
車を駐めて様子を見たかったが、停電で街灯はついておらず、更に車にも懐中電灯等の準備がなかった為、全く視界が効かず引き返すしかなかった。
しかし、迂回するとすんなり実家にたどり着くことが出来た。
しかし、午前1時半。
どうにも踏み込む気になれず、よく考えると馬鹿げていることだが、結局翌朝6時半過ぎまで車中で待っていた。

posted by D(各務) at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

震災翌日(2)

途中、交通事故も多かった。後の話になるが、帰ってくるまでに少なくとも5,6件の交通事故現場を通過した。
記憶は正確ではないかもしれないが、その殆どは、信号が死んでいる交差点でのことだったようにと思う。

今は仕事の関係で大阪に住む、小中学時代の友人と漸く連絡が取れたのは、千葉から茨城に入ったあたり。確か20時頃だった。彼曰く、私や彼の実家のある市内では、ライフライン(水道・電気・ガス)が全て寸断されており、持って行くならカセットコンロのボンベやペットボトルの飲料水、乾電池などとのことだったが、全く用意していなかった。しかし、今からでも手に入るものは持って行かねばなるまい。
そう思いつつ、しかし方々で停電になっている県内の状況に驚きつつ、コンビニに立ち寄ると、どこも水はなく、すぐに食べられる種類の食料もなかった。しかもそれはまだマシな方で、酷いところは停電している為に営業すらしていない。
やっとのこと、お茶やスポーツドリンクを2,3本、栄養ドリンクを実家の家族に一人2本ずつ手に入れた。
しかしその後も渋滞は酷く、もう途中の水戸で泊まって翌朝到着を目論んだのだが、水戸市内では泊めてくれるホテルを見つけることは出来なかった。
posted by D(各務) at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年03月15日

震災翌日

泊めて貰った家で朝食をご馳走になってから出て、翌3月12日、電車に乗ったのが確か10時台。
それでも私が帰る方向は電車運休で阻まれて、結局最後はタクシーのお世話になった。渋滞が酷く、深夜料金よりも高くついた。
そうまでしてでも急いで帰らねばならなかったのには、わけがある。
実家の安否が不明で、しかもそのことについて親戚中から問い合わせが殺到していたからだ。実家との確執はさておき、これだけは確認しておかねばならない。

帰宅したのが13時半頃。家に入ると、まず玄関からして散らかっていた。部屋の中も酷い。
部屋の散らかり具合にゲンナリしつつも、取り敢えずシャワーだけ浴び、メールなど確認して、家を飛び出した。それが16時前くらい。
このとき、実家のある茨城に関して、報道から得ている情報といえば、常磐線および常磐自動車道の不通くらいである。一般家庭がどうなっているかなど、知る由もなかった。

そんな状況だから、移動するにあたって、「車で下道を往く」という方針だけが出来る。
小山の方をまわるルートよりも、三郷あたりから国道6号を行く方が距離的にも短いので良さそうだと判断し、そのように動いたのだが、渋滞激しく、茨城県内に入るだけで4時間ほどかかってしまった。4時間といえば、いつもならDoor to Door の所要時間よりも長い。
茨城県内に入ると、場所によっては街灯はおろか信号まで消灯している有様。電気が来ていて開店しているコンビニに行けば、食料と飲料が全くない。報道は、茨城を少々軽視し過ぎていたと思う。「こんなことなら出発時に買い揃えてから来れば良かった」と思ったが、最早手遅れだった。
posted by D(各務) at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記