2011年10月26日

スメタナ:《祝典交響曲》第3楽章

以前、この作品のピアノ4台16手版の録音について触れたことがあったのではないかと思う。
原曲よりも優れているのではと思ってしまうような演奏であった。尤もこの楽章に関してはスメタナ自身の編曲によるものなので、そういうものかもしれないが。

ところで最近、この楽章のピアノソロ版の楽譜を見つけたので、入手してみた。
1935年に、 Fr. A. Urbánek社から刊行されたもので、編曲は残念ながらスメタナ自身ではなく、Fibich の楽譜の校訂などを手がけている、Karel Šolc であった。

1頁目だけ、取り敢えず音にしてみたが、4台16手版のCDで聴いたのとは、流石に随分と雰囲気が違っていた。
音の厚さは当然として、それとは別に、CDを聴いて聴いていたのとは雰囲気が違っている部分が幾つかあった。
これはやはり・・・大きな編成の方が面白く聴けそうだ、と言わざるを得ない気がしてきた。
なんというか、ピアノ弾きが一人で出せる程度では、音が足りない、そんな感じがするからというのもある。
Trioは流石に雰囲気があって面白いが、やはり厚い音の出せる編成が、この曲には合っているように思う。
posted by D(各務) at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2011年09月14日

ドメイン移管

初めて、ドメイン移管作業というものをした。

今、自分が取得・管理しているドメインは3つある。そのうち2つは今のレンタル鯖業者で取得した。しかし、初めて取得したドメインであり、メインのサイトのドメインとして使用している
 fibich.info
は、onamae.com で2004年11月に取得したものだった。
このドメインの維持に毎年3400円ちょっとを支払っているのだが、その一方でonamae.com は、ここ2,3年ほど、新規顧客には同じサービスを920円だかで提供している。その一方で、従来の顧客には従来の価格(3,400ちょっと)の更新料を毎年取っている。
いくら何でも不公平なので、去年、そのことについてメールで抗議したことがあった。
もし、920円で提供するのが金額的に妥当であるなら、こちらにも同額でサービスを提供出来るはずだし、もしそうでないなら、我々旧来の顧客が支払っている割高の料金を新規顧客が割安に利用出来る為の穴埋めに使われているわけで、いずれにせよ現状のままというのは承服し難い。同額にして欲しいと。
そうでなくとも普通、割安にするサービスは、永年の付き合いのある顧客にこそすれ、新規顧客を旧来の顧客より優遇するというのは、常識として違うんじゃないの?というのもある。
そのように去年抗議したのだが、「その件については検討中です」との回答しか得られなかった。以来1年、何の音沙汰もない。
この対応にはかなり頭に来ていた。
まぁ、これ以上かかずらっていてもいろいろ無駄なばかりなので、今年のドメイン更新を目前に控えて、このドメインの管理を、onamae.com から、サーバを借りているサーバ業者に移管する手続きを取った。これだけでも、ドメイン登録料は従来の約半額ぐらいは節約になる。

以前、知人が管理を担当しているチェコ音楽関係の団体のウェブサイトが、サーバ業者の倒産により、ドメインまでが一旦無効になったり、そのドメインを回収したりで結構大変な目に遭ったことがあった。それを思うと、ドメインとサーバの業者が別々になっているのは悪くないと思っていたのだが、この際、やむを得ない。
posted by D(各務) at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | web/net/pc

2011年09月13日

ヴィーチェスラフ・ノヴァークの室内楽

Vítězslav Novak
String Wuartet in D Major, Op.35
Piano Quintet in A Minor, Op.12

http://www.hmv.co.jp/product/detail/781514

どういうわけかジャケットの写真に惹かれてしまい、珍しくジャケ買いしたCDだったが、なかなかに良かった。

弦楽四重奏曲 Op.35 は、珍しい(?)2楽章構成の作品だが、演奏時間は30分ほど。
その2つの楽章がフーガとファンタジアであるのも変わっている。
第1楽章の、何とも言えない寂寥感と沈鬱さは、ノヴァークらしさの一端がよく顕れている。

ピアノ五重奏曲 Op.12 は、幻想的な夜の静寂を思わせるような、ヴァイオリンの高音とピアノの音の断片で開始される。
第2楽章は「15世紀のチェコのラヴソング」と記されているが、ラドスラフ・クヴァピルがピアノを弾いている別のCDには特にそのようなことは書かれていなかった。曲は変奏曲で書かれている。
締めくくる第3楽章は、ノヴァークが収集して歩いたスロヴァキアの民俗音楽を思わせるリズミカルな旋律と厳粛さとが同居する、不思議な音空間。


6年前に、同じ曲(版元が違うが、同じ音源ではないだろうか)を聴いた人がいるようで、こちらの感想も興味深い。
http://blog.livedoor.jp/ippusai/archives/50047884.html

posted by D(各務) at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2011年09月07日

室内楽コンサート(Breath Of God)

嘗ておつきあいのあった、とあるアマチュアクラリネット奏者から数年振りに連絡を頂いた。
その中でご案内を頂いた、彼が出演する室内楽の演奏会。それが今日、あった。

主宰者団体のウェブサイトがあればリンクを記しておきたいところだが、生憎そういうモノはないようなので、間接情報を。
 室内楽コンサート (2011-09-07 中目黒GTプラザホール)
 <曲目>
  Z. フィビヒ: ピアノ五重奏曲 ニ長調 作品42
  L. v. ベートーヴェン: 七重奏曲 変ホ長調 作品20
   アンコール: シューベルト:ピアノ五重奏曲《鱒》より

何故彼が私に声を掛けてくれたかと言えば、そこはやはりフィビヒのピアノ五重奏曲を取り上げたからだったろう(笑)。
聴いて良い曲だと思っても、実際演奏してみるとつまらなかったという曲も世の中にはあったりするのだが、この曲は演奏者にとっても楽しいものであるように、傍から見ていて思える。
というのは、2008年のクライネス・コンツェルトハウスにせよ今回にせよ、プログラムや演奏者の表情から、この作品を気に入っているような雰囲気が伝わってくるからだ。

さて演奏の方。
出演者の中に一部プロも混ざっていたかもしれないが、詳しいところは分からない。ただ、ピアニストはデュナーミクのレンジが広く、弱音のコントロールの見事さから、素人には思えなかった。
素晴らしく息が合っており、メリハリも利いた表現で、充分楽しめるものであった。また、曲作りには相当なこだわりを持ったことと、それを実現する為の努力を惜しまなかったことも容易に理解出来る。
フィビヒに関しては、私が所持している Fr. A. Urbánek版とは一部異なるアーティキュレーションがあった。多分、使用した版の違いだろう。

ベートーヴェンの方は全く知らない曲だと思っていたが、Tempo di Menuet ともう1曲は聞き覚えのあるものだった。まぁ、こちらの方は私の勉強不足であった。
posted by D(各務) at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 演奏会・リサイタル

2011年08月16日

J. S. バッハ:《無伴奏ヴァイオリンの為の6つのソナタとパルティータ》

の、パルティータ第3番ホ長調より、ラフマニノフがプレリュード、ガヴォットとジーグをピアノ独奏版に編曲している。
そのうちのガヴォットを、10年ぶりくらいに浚い直し始めた。
いくつか気になるところもあったので、原曲の楽譜(ガラミアン版)を引っ張り出して、眺め直してみた。
版の善し悪しで言えば、恐らくベーレンライターの新バッハ全集あたりが良いのだろうけど、ガラミアン版は自筆譜ファクシミリのコピーがついていることがポイントで、別にばよりんを弾くわけでもない私にとってはそこに資料としての価値があり、寧ろそれが全てとも言えなくもない。

で、こうやってラフマニノフの楽譜と見比べてみると、ラフマニノフ編の中ではどの線が主なのか判断に迷ったところもあったが、そういう疑念も解消した。そして色々と面白い発見もある。
まず、原曲のトリラは全てカット。ラフマニノフが16分音符で書いたトリラは原曲にはなし。
両者の録音をつきあわせてみても、バッハの原曲の方が柔らかい感じなのに対して、ラフマニノフのもの(ちなみにラフマニノフ自身による演奏)は硬質で、そしてしっかりピアノ音楽然としている。

曲自体は有名で、自発的に聴く努力をしなくともしばしば耳にするものだが、やはり今までちゃんと聴いてなかったのだなぁと改めて思った。
posted by D(各務) at 02:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2011年08月11日

レスピーギ:リュートの為の古風な舞曲とアリア

・・・といえば、第3組曲ばかりが突出して有名だが、コンスタンティン・シチェルバコフが弾く、レスピーギ自身によるピアノ独奏編曲版を聴く限り、第1・第2組曲も興味を惹かれる。
第1・第2組曲と第3組曲が一緒に録音されることは殆どないようだが、それにはそれなりの理由があるように思われる。それは編成の違いである。第3組曲は弦楽オーケストラがあれば良いのに対し、第1組曲は弦楽オーケストラに木・金管楽器、ハープ、チェンバロが加わる。第2組曲に至っては第1組曲の編成に加え、管楽器群が増え、更にチェンバロが連弾になり、チェレスタと打楽器が加わる(ということが、楽譜を見ると分かる)。
これでは、1枚のCDに収録したり、1つの演奏会で上演したりというのはなかなか難しいだろう。

色々調べてみたが、今のところ音源として入手可能な全曲収録盤は、小澤征爾指揮のボストン響のもののみらしい。
先日、全曲収録盤と勘違いして、第3組曲のみ(他に、別の作曲家の作品が2つ収録されてはいるが)のCDを買ってしまった。
イタリア合奏団(I solisti Italiani)のものだったが、イタリア的な明るさを表現するによく合う響きを持ち、創り出す音楽も素晴らしい。当初の目的からすると完全に失敗だったのだが、こんなものを聴かされると「買って良かった」と言わざるを得ない(笑)。

「リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲、他 イタリア合奏団」
posted by D(各務) at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2011年07月18日

菅政権のいま

菅政権発足時には「従来の政権では解決しえなかった問題を果断に解決してくれるのではないか」と、随分と期待もしていた。が、最近、特に3月11日の震災以後の政治報道を見ていると、どうもそういうものとはかけ離れた実態が見て取れる。
政界での様子は兎も角、過去の阪神淡路大震災と比べても、被災地支援の進捗が全く不十分であるのはごまかしようのない事実。誰がやっても差別化が出来ないといわれているこの種の対応がこれだけ出来ていないというのは、はやり政権として無能であると言わざるを得ない。
後々まで残り、評価されるのは、見栄ではなく実績。真にプライドが高いなら、見栄はいつどのようにでも捨てられる筈だが、果たして・・・

posted by D(各務) at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事

2011年07月11日

ヴィーチェスラフ・ノヴァーク:「《バラード》バイロンの“マンフレッド”のあとに」Op.2

この曲は、ノヴァークの作品中、スラヴ的な色彩の濃い作品の一つだが、技法はリスト・フェレンツに似ているとの指摘もある。
バイロンの“マンフレッド”は、邦訳が昔出ていたらしいが絶版とのことで、そのうち図書館にでも行って読んでみなければと思いつつ、現時点では未読。
「若さ」Op.55 や「英雄」ソナタ Op.24 でも感じたことだが、兎に角ノヴァークの作品は暗譜が難しい。
これは恐らく、自分の手に和声が馴染まない(逆にブラームスだとやたらと手に馴染む)ことと、作品の和声がよく分かっていないままに弾いているからだろう。実際、「何でこんな和音なの?」と思いながら弾いている箇所は、ノヴァークの作品に限って多い。
もう少しちゃんと和声を勉強し直したら、少しは譜読みもマシになるだろうか。
posted by D(各務) at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 練習記

2011年07月06日

ヨセフ・スク氏の死に寄せて

チェコのばよりにすと、ヨセフ・スク氏がこの日、81歳で亡くなった。
http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY201107080150.html

聴いて心地よく、彼ほど「芸達者」という言葉の当てはまる弦楽器奏者もそうそうなかったのではないか。
割と最近まで現役演奏家として活躍しており、しかも親日家であったという。
そんな彼の演奏を生で聴けなかったのは痛恨の極みであった。

スク氏の演奏に触れるきっかけとなったのは、フィビヒのヴァイオリン作品集のCDであった。




Fibich: Píseň beze slov (2 housle, klavír)
フィビヒ:2つのヴァイオリンとピアノのための無言歌(遺作)
posted by D(各務) at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2011年06月19日

フィビヒ:《アルバムリーフ》 Op.2

以前某ピアノサークルでご一緒させて頂いていた方の一人(今でも別な形であるが連絡は取り合えるようになっている)から教えて頂いて、

 Slavic Miniatures (スラヴの小品集)

という曲集を入手した。
#注文して、届いたのが今日だった。
リスト・フェレンツの全集を出していることでも有名なハンガリーの出版社、Editio Musica Budapest が出版している。
「あれ? ハンガリーって、スラヴ民族国家だったっけ? 住んでいるのはマジャール人だったのでは? それがどうしてスラヴの曲集を?」
・・・という、若干どうでも良い疑問を感じつつも、この曲集の新刊が手に入ったのは有り難かった。
というのも、現行の楽譜では、ABRSM(英国王立音楽院)が出している曲集と、Editio Supraphon(現在の Editio Bärenreiter, Praha)から出ている曲集に、それぞれ2曲ずつくらい載っている程度で、これまでお目に掛かっていない曲もあったし、更には古書でも見つからないからであった。

5曲で構成されているが、どれも1頁程度の短い曲ばかりだ。
輪唱風の終曲 "Epilogue" は、上述のABRSMの曲集に入っていたから、10年以上前に弾いていた。輪唱風というのは、ピアノ曲としてはちょっと変わったアイディアのようにも思える。何となく物寂しげな雰囲気の曲である。

さて、この作品の第3曲に「漁師の歌」というのがある。6/8拍子のこの曲、弾いてみると、冒頭2小節が何かを彷彿とさせる。
一瞬何だろうと思ったが、答えはすぐに出た。ショパンのピアノソナタ第3番ロ短調の終楽章の主題だ。
ショパンのソナタの楽譜が手許にないので、和声レベルでまで確認はしていないが、実際のところはどうだろう。フィビヒはショパンよりも後の時代の人物だから、ショパンのソナタを知っていた可能性はある。ただ、この作品を作曲した15,6歳の時点ではどうであったろう。
それにしても、何故この曲が「漁師の歌」だったのか。それなりの出自があったのか少年らしい思いつきで決めたに過ぎないのかは現時点では何とも言えない。が、仮に前者であった場合、ちょっと面白いことになってくる。「ショパンのソナタも同様だったのか?」という推測も出来るからである。
posted by D(各務) at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ