2018年06月10日

Alojs Nebel

EUフィルムデーズ2018 で、チェコ映画 "Alojs Nebel" を観た。
2,3年前にも日本で上映されたことがあったのだが、そのときにはチャンスがなく観られなかった。
気になっていた映画だったので、今回見ることが出来てよかった。

Alojs Nebel は Bílí Potok 駅(蛇足ながら、日本語にすると「白川駅」となる)に勤める鉄道員。幼少の頃にズデーテン・ドイツ人の追放に遭遇しており、その時のことがしばしばフラッシュバックする。
手塚治虫の「アドルフに告ぐ」に出てくるナチスのアセチレン・ランプ氏を彷彿とさせる、角ばった強面に色付きの大きなメガネの風貌だが、性格は全く異なり、無口で気が強いわけでもなければ、自信家でもない。
ラストシーンまで観て汲み取るものは人それぞれだろうが、私は綺麗サッパリ「清算」されるのではなく、人の人生の複雑さを、複雑なままに描いているように感じられた。

終演後、トマーシュ・ルニャーク監督とのトークがあった。
ルニャーク監督は40代半ばで、第二次世界大戦やその後の混乱のことなど自身では経験していない筈だが、自国チェコスロヴァキア(ビロード離婚後はチェコ)でそのためにどんなことがあったかについて、一人の人間としてきちんと向き合っていることが、その話の内容から汲み取れた。
それに比べ、我が国は?自分は?と振り返った時、それが足りてないことを恥ずかしく思った。

また、"Alojs Nebel" の原作は一種のマンガで、主人公は「兵士シュベイク」のように陽気でおしゃべりな人物だったという。にもかかわらずこのように無口なキャラに変更したのは、この "Alojs Nebel" の出身地は無口な人間が多い土地柄だから、無口な性格にするほうが良いと判断したからということだった。
この映画で採用されている「ロトスコープ」という技法がどういうものかを知らずに観ていた。ほぼ白黒モノトーンの割には矢鱈とリアル感があるなと思っていたら、まず実写してからそれを白黒のアニメーションにしているとのことだった。
posted by D(各務) at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2010年06月20日

「オーケストラ!」

を、観てきたが、なかなかに面白かった。
http://orchestra.gaga.ne.jp/

嘗て天才指揮者の名を恣にしていたアンドレイ・フィリポフ(アレクセイ・グシュコブ)は、政治的理由で指揮者を辞めさせられ、今では嘗て指揮者として君臨した劇場の清掃員をしている。彼は偶然劇場支配人宛にフランスの劇場から入った一通の出演依頼のFAXをくすね取り、自分と共に楽団を退団させられた当時の仲間を集めてオーケストラを編成し、元々の依頼先である彼の劇場の楽団(ボリショイ・オーケストラ)になりすましての演奏旅行を企てる・・・というストーリー。

30年前の彼らは、演奏家という職を失ったことだけでなく、不運としか言いようのない不幸な負い目をも負った。なりすましオーケストラになるという荒唐無稽な挙には出たものの、ときに困難にぶつかり、後悔しつつも失ったものを取り戻そうとする。その最後のシーン、アンヌ=マリー・ジャケ(メラニー・ロラン)をソリストに迎えての本番で流れるのが、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。この選曲によって、30年もの長い長い冬の時代を終わらせようとする彼らのどういう想いを観衆(この映画の)に伝えたいかが分かろう。

ストーリーの展開が速くて全く飽きない一方、もう少し詳しい描写があっても良いのではと思う部分もあったが、全般にはとても楽しめた。

一つ、よく出来ていると思ったのは、ロシア人達の台詞の「ロシア人っぽさ」。以前読んだ、スヴィヤトスラフ・リヒテルの本によく出てきた独特の言い回に似た雰囲気の台詞が、ロシア人の役の台詞に限ってよく出てきた。
役柄上の国民性の違いをきちんと描きわけようとした結果だろうと思う。好感が持てた。

余談ながら、イワン・ガブリーロフ役を演じたヴァレリー・バリノフは、どことなくリヒテルを彷彿とさせる風貌であった。
posted by D(各務) at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2010年05月05日

「別れの曲」

ショパン生誕200年を記念して公開された、往年の名画 「別れの曲」 を見てきた。場所は東京都写真美術館ホール(恵比寿ガーレンプレイス内)。
ストーリーは、ショパンがワルシャワ音楽院の恩師・エルスナー教授と共にポーランドを後にし、ウィーンで演奏会を開き、さらにパリに行き、ジョルジュ・サンドに出会うまでを描いている。

歴史小説が史書ではないように、この映画もまた、ショパンの生涯の一部を正確に描き出す種類のものではない。
そこを割り切れば(そして割り切るべきだが)、流石に名画といわれるに値する映画であった。
ラストシーン。それまでのショパンの恋人であったコンスタンティアの立場がなくなってしまい、一体どうなるんだろうと思ったとき、エルスナー教授が彼女に向けた、温かくも切ない言葉。思わずホロッときた。
エスルナーはそれまでずっと、何かに夢中になるあまりに人の話をロクに聞こうとしなかったり、旅立ち間際に女中に言いつけて持ってこさせたスリッパをコートの内ポケットにねじ込んだりと、この映画の中での道化役でもあった。
それが、この映画で最も重要な言葉を言う役回りにもなっている。

名画と言われるほどの映画は、古い物でもやはり、素晴らしい。



フレデリック・ショパン役:ヴォルフガング・リーベンアイナー
コンスタンティア・グワトコフスカ役:ハンナ・ヴァーグ
ジョルジュ・サンド役:シビル・シュミッツ
フランツ・リスト役:ハンス・シュレンク
エルスナー教授役:リヒャルト・ロマノスキー
カルクブレンナー役:グスタフ・ヴァルダウ
プレイエル役:パウル・ヘンケルス
アルフレッド・ド・ミュッセ役:アルベルト・ヘルマン

監督:ゲツァ・フォン・ボルヴァリー/脚本:エルンスト・マリシュカ/撮影:ヴェルナー・ブランデス

ドイツ映画/1934年制作/モノクロ/モノラル/91分
制作会社:Boston-Films-Co./提供:ベータフィルム/配給:T&Kテレフィルム
posted by D(各務) at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2008年08月14日

パンダフルライフ

http://www.pandaful.jp/

見たいなぁ。
BDでいつ出るだろう。。。
posted by D(各務) at 12:35| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画

2007年04月03日

≪プロデューサーズ≫

最近○○で見た映画。
今はすっかり落ちぶれた、嘗ての人気プロデューサーの許にやってきた会計士が「コケた公演はやりようによっては儲かる」ということに気が付いた。そこでこの落ちぶれプロデューサーと、元プロデューサー志望だった会計士の2人は、わざと大コケする興業を行うべく、最悪の脚本家(ちなみにヒトラー贔屓)の脚本を選び、これまた最悪の演出家(本人もそのスタッフもみんなゲイ)に演出をさせ、最悪となるであろうミュージカルを上演することになった。その名も「春の日のヒトラー」(死)
すっかり大コケする公演の準備が整った。後は金を持ってトンヅラするばかりであったが、あろうことかこの公演、大ヒットしてしまう。そして・・・
というストーリー。
ミュージカルだからか、日本語版にも関わらず、日本語吹き替えは一切なし(歌の部分はどうしても仕方がないが)。
歌として見た場合、劇中劇とも云うべき「春の日のヒトラー」の冒頭の2シーンは面白かったが、あとはちょっと。でも、ミュージカルとしては、適度にはちゃめちゃなストーリーで面白い。
最初の2シーンとは、民族衣装を着たドイツ人と思しき人達の歌、そしてナチのゲシュタポなのか親衛隊なのか何なのか、如何にもナチっぽい出で立ちの、金髪美青年将校がヒトラーの出番の前座のような形で歌う場面。

鞭を持った第二次大戦時風な金髪美青年将校をいかにもナチっぽいものとして描くのは、きっとそういうイメージが広くあるからなんだろう。

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posted by D(各務) at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画