2017年01月26日

関根日出男先生の追悼記事など

駐日チェコ共和国大使館とチェコセンター東京のサイトに、関根日出男先生への追悼文が掲載された。

■関根日出男先生ご逝去の報に接して(駐日チェコ共和国大使館)
1月18日にお亡くなりになったチェコ音楽研究家、関根日出男先生の訃報に接してのドゥプ大使からのメッセージ
http://www.mzv.cz/tokyo/ja/x2005_07_07_3/x2017_01_25.html

■訃報 ―関根日出男先生を偲んで―(チェコセンター東京)
http://tokyo.czechcentres.cz/news/smutn-zprva-sekineho/
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2012年04月10日

「世紀を刻んだ歌ヘイ・ジュード〜革命のシンボルになった名曲〜」 NHK BS Premium

今朝、NHK BS Premium で、題記のビートルズのタイトルを掲げた番組をやっていた。
これがビートルズやレノン、マッカートニーがメインの話だろうと思って観た人は大抵がっかりしたに違いない。何故なら番組は、チェコスロバキア独立からビロード革命までを、特にドプチェク後は国家権力に迫害を受けながらも屈することなく戦ってきた一人の女性歌手マルタ・クビショヴァーの回想に基づくドキュメンタリーで、"Hey Jude" はその中での象徴的な1曲として取り上げられているに過ぎない。

チェコスロバキア現代史のドキュメンタリーとしてはとても良い内容だったと思うが、如何せん他にもいろいろ仕事しながらだったので、半分も観られなかったのが何とも残念。
DVDかBlu-Ray でタイトルが出たら、買ってゆっくり観たいくらい。

「人は人生の中で、何を失って、何を得るのか」などのことを、しんみりと考えさせられるような内容だった。
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2011年12月18日

ヴァーツラフ・ハヴェル元大統領逝去

本日、逝去とのこと。
もう少し生きても良かったかな、という御年齢。

チェコスロヴァキアが無血で民主化した1989年末のビロード革命の中心人物だった。
チェコスロヴァキアの場合、同じ東側諸国でも、ルーマニアでチャウシェスク大統領(当時)が公開処刑になり、騒ぎを収めるための非常措置とはいえ処刑後の遺骸の映像までが全世界に配信された殺伐さとは対照的だった。
二十余年も前のことで、あまり具体的なことをはっきり思い出せないのだが、ビロード革命を伝えるニュースの中で、大統領となったハヴェル氏の姿を、他の東側諸国の民主化革命とは違った、特別な印象を抱いて観ていたような記憶がある。

ビロード革命のあと、最初の「プラハの春」音楽祭のオープニングで演奏される《我が祖国》はラファエル・クベリークが振ったのだが、既に引退していたクベリークを招くために尽力したのは、ノイマンとハヴェルだったとか。
このクベリークの話は、その演奏を収めたCDの解説に書かれていたことだが、何とも心憎い演出ではないか、と思う。
民主化後最初の「プラハの春」音楽祭で、この音楽祭を象徴する《我が祖国》を、共産主義化に反対して亡命した祖国の巨匠に指揮棒を振らせる。これだけでもう、「チェコスロヴァキアの共産主義体制は終わったのだ!」と雄弁に物語ることになるのだから。

多分、この後少しすると、関連書籍なども出版されるだろう。良さそうなものが見つかったら読んでみよう。



http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20111219k0000m030062000c.html
チェコスロバキア:ハベル元大統領死去 「ビロード革命」

 【ウィーン樋口直樹】旧チェコスロバキアの共産政権を非暴力で倒した「ビロード革命」(89年)を率いて民主化後の初代大統領となり、スロバキアの分離独立後はチェコ大統領を2期10年務めたバツラフ・ハベル氏が18日、チェコ北部の週末用の別邸で死去した。75歳だった。死因は明らかにされていないが、96年に肺がんの手術を受け、右肺の半分を摘出していた。チェコのメディアが伝えた。

 36年10月、首都プラハの名家に生まれ、軍への招集期間を挟んで劇団活動や演劇批評に打ち込む青春時代を送ったが、改革運動「プラハの春」(68年)を鎮圧した旧ソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構軍による侵攻後、反体制派運動へ身を投じるようになった。

 「プラハの春」が軍靴に踏みにじられ、演劇活動から閉め出されたハベル氏は77年、独裁的なフサーク体制の人権抑圧に対する抗議をしたためた「憲章77」の発起人となる。その後、何度も逮捕や投獄を繰り返したが、当局の圧力にもかかわらず「憲章77」の賛同者は増え続け、12年後の共産政権打倒につながった。

 89年12月、流血を伴うことなく、ビロードのようになめらかに進んだ民主化革命は「ビロード革命」と呼ばれた。その立役者がハベル氏だった。

 89年に大統領に選ばれ、就任後も民主主義と人権重視を訴えて東欧革命をけん引した。93年にスロバキアが分離独立後、チェコの大統領に選ばれ、03年に政界を引退した。

毎日新聞 2011年12月18日 21時09分(最終更新 12月18日 22時07分)



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2009年07月25日

日付の書き方

手持ちの楽譜の中に、作曲した日付が記されているものがある。
曲は、19世紀後半のチェコのもの。
10年くらい前から持っているもので、それが日付を示していることも知ってはいたが、実は最近まで、それをどうやって読むのかが分からなかった。
その日付とは、最初が必ず「18」で始まっていて、例えばこんな書き方である:

 18 15/4 96
 18 5/5 96
 18 16/4 97

ヨーロッパでは、「日 月 年」の順で日付を書く。これは日本とは逆。余談ながら、アメリカだと「月 日 年」という書き方が多いようだ。

それを知っていたところで、こう書かれては何と読むのやら、である。

が、どうやら「普通、西暦は省略して下2桁を使うことが多い」ということに気づくと、最初の例については、「18」を無視すると「96年4月15日」のような気がしてくる。
そして、この日付は実際には19世紀のものなので、「1896年4月15日」を意味していることになる。
そしてどの日付も「18」で始まることを考えると、どうやら「1896」の真ん中に「日/月」の形式で日月を入れているのか、というところにたどり着く。
つまり、
 「西暦上2桁 日/月 西暦下2桁」
という書式になっているのである。

ヨーロッパでは、この書き方ですんなり通じてしまうのかも知れないが・・・「慣習の壁」ですな。。。
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2008年03月29日

内藤久子氏講演(3月27日)

13日に書いた27日の講演、当初は行けるかどうか微妙な状況だったのだが、結局聴きに行って来た。

今回の講師の内藤氏は以前、関西チェコ協会が主催した連続レクチャーの1回で講演をしており、私はこのとき内藤氏のお話が聞けるというので、はるばる三宮まで出かけていったことがある。
それは果たしていつのことだったかと思い、過去のメールを探してみたところ、2003年の秋のことだった。あれから既に4年半が経過していたということだ。

4年半も前の話ではあったが、内容は結構覚えていた。ボヘミア・モラヴィア・スロヴァキアの各地域の音楽はどのような傾向をもっていたかという話や、クロムニェジーシュ宮のトランペット奏者兼作曲家であるパヴェル・ヴェイヴァノフフキーの話、クロムニェジーシュ宮廷の記録の話とか、当時のあの辺りの宮廷がトランペット(楽器とその奏者)の数をどれだけ揃えられたかが宮廷の権威の高さを表す指標のようになっていたこと等である。

今回の講演、普通の日本人は殆ど誰も知らないことだらけで、内容としてはかなり濃いものである。
ところが実は対象とする時代が2003年の時と殆ど一緒だったので、私としては、今回目新しい内容は半分もなかった。
ではあるが、「『伝統』をどう捉えるか」とか、氏の研究の一端の話(まだ誰も体系的に明らかにしていないテーマ・・・古典は交響曲の成立の過程や、クロムニェジーシュ宮以外の宮廷での宮廷音楽はどうだったのか、など)や、単に音楽を歴史の上からなぞるだけではない、もっと幅の広い社会学的な観点からの話もあり、それだけでもなかなか面白かった。

元々1時間半の予定だったらしいのだが、随分と予定を上回る時間、話をされた。また、質疑応答の時間になっても、質問者の質問1に対して内藤氏は10も20も回答される上、次から次へと質問が続き、結局随分な時間まで、話を聴くことが出来た。
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2008年03月13日

内藤久子氏講演(3月27日)

私が会員になっている某協会とは別のところが主催しているらしいのだが、チェコ音楽研究家の内藤久子氏(鳥取大学教授)の講演会が開かれる。



「芸術家の家」特別企画: 4回シリーズ
講演会  <民族音楽としてのチェコ音楽〜チェコ音楽はなぜ魅力があるのか?>
第2回 「中世〜バロック期のチェコ音楽」
講師:内藤久子先生 (鳥取大学地域学部地域文化学科教授)
日時: 3月27日(木) 19:00〜 
会場: 芸術家の家「クリエイト目黒」
会費: 会員 2000円 非会員 3000円
※「会員」とは、「日本チェコ友好協会」の会員のこと
詳しくは「日本チェコ友好協会」のサイトを参照。



関西チェコ協会で開催された同氏の講座を聴いたことがあるのだが、確かあの時も対象の時代は中世だったような気がする。ヴェイヴァノフスキーとか宮廷音楽の話が出てきていた。
今回はバロックも入っているようなので、ゼレンカあたりの話もあるかも知れない。

ゼレンカについては、下記サイトに詳しい:
Hipocondrie - Jan Dismas Zelenka (1679-1745)
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2007年10月14日

「チェルニーさん」は「黒井さん」?

一息入れるのに、「お茶でも飲むか」と、台所に行ってTWININGS の紅茶缶に手を伸ばす。最近ちょっとしたビョーキのようなもんで、「CZ」とか書いてあるとつい目が行ってしまう。(CZ: チェコ、若しくはチェコ語の略称)
なんて書いてあったかというと、「CZ Čaj Černý」。
「CZ」の後ろは、発音を日本語表記すると「チャイ チェルニー」。「チャイ」なんてインドの飲み物みたいな感じだが、チェコ語で「茶」の意味。
チェコ人の苗字で「Černý」さんというのは案外良く見かけるのだけれど、こんなところで目にするとは。「若しかしてこれって『黒い』って意味か?」と思って辞書を引くと、その通り。結構ネガティヴな単語らしく、その他に「不幸な。悪い。秘密の。非合法な」と続く。
・・・でもまぁ、無理矢理日本の苗字に当てはめたら「黒田さん」「黒井さん」みたいなもんか。
尤も、日本人の苗字(氏)なんて、殆ど地名が起源だけど。
ちなみにうちの母方である「各務氏」も、元は美濃国各務郡(今の岐阜県各務原市附近)の土豪で、地名から氏を付けている。

話を戻そう。
「Černý」の「Č」上に「v」のような記号がついているものは、ハーチェク。ドイツ語圏ではウムラウト同様置き換えのルールがあって、ウムラウトなら後ろに「e」をつけるが、ハーチェクの場合は後ろに「z」。チェコ人の「Černý」さんがドイツに行ったら、これが「Czerny」さんになるという具合。
そう、例の、アレ。ピアノ弾きが散々悩まされる有名な某練習曲を作曲した人と同じ苗字だ。
「Dvořák」も日本で「ドボルザーク」なんて書かれてしまうようになったのは、ドイツ経由で[Dvorzak]なんて感じで入ってきたからなんでしょうな。

以前、スメタナ[Smetana] が「生クリーム」って意味だと知ったときも驚いたけれど、あとで「チェコ人の苗字にはヘンなのが多い」事を知った。「雄猫」さんとか、「トイレ」さんとか。チェコの自動車メーカーといえばシュコダ[Škoda] で、この会社の創業者の苗字だけれども、これも辞書には「惜しい。残念。損害」という意味が書かれている。
う〜ん。。。(^_^;
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2007年05月23日

《チェコ語初級》石川達夫 著

「・・・って、ほんまに初級なんかいな」と思うくらい、最初から難しい。
噂によると「あの本は本当は中級レベルの内容だ」という話もあるらしいが、「他にもっと文法的な内容の本もないしなぁ」というボヤキが出る事に変わりはない。

結局モノにならなかったドイツ語ですらこんなに厄介な印象はなかった。...とすると、チェコ語はそれ以下のレベルで停滞するんだろうか(汗)。

学部を卒業してからドイツ語をやり始めたのは、シェーンベルクの和声学を読んでみたかったからだった。しかしその後、所謂「藝大和声」や昔独学した下総皖一著の「和声学」等とざっと比較した結果、結局はそう幾つも手を出すべきではないという結論に至り、シェーンベルクを止めることになった。
ドイツ語はそれで終いであった。

しかし今度はどうだろう。。。
チェコ音楽を始めてしまった以上、チェコ語がせめて多少は出来ないと文献が読めないし(弾くだけで良いなら、別に読まなくても良いんだろうけど)、多少の文献も集めて(或いは、集まって)しまったので、こういうのを飼い殺しにするのも如何のものかという気分も多少ある。
というか、それでは単なるコレクターだろう、というツッコミが来るのが怖いというのが本当かも知れないが。(^^;
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2007年04月15日

Linuxでチェコ語

を扱う為のあれこれを記述したWebPageを、3年ほど前から作っている。
こちらへ。

このページは、チェコの作曲家フィビヒ [Zdeněk Fibich, 1850-1900] を紹介するサイトの脱線的おまけコンテンツの一つのつもりで作った物だったが、サイト内では比較的検索・閲覧される割合が高いページとなっていた。

大体どんなOSでも、その言語用のフォント、キーマップがあって、且つ必要な文字コードが取り扱えることと、そうしたものを扱えるアプリケーション(エディタであったり、webブラウザであったり、オフィス系アプリケーションであったり)があれば、後は設定の切り替えのみで入力も表示も出来るようになる。
今まで、古いMac(それも漢字Talk7.5.x), Windows*, Debian GNU/Linux の3種類のOS上で、チェコ語と日本語の混在環境の構築を扱ってきたが、既に必要なものが全て揃っていて、後は設定を切り替えるだけで済んだ Debian が一番、準備の点では楽であった(でも、mule-ucsくらいは追加インストールしたか...)。
ただ、MacとWindowsではチェコ語のキー配列が殆ど一緒(っても、キーボードが101とjp106だったから、押すキーは一緒でも、そのキーの上に書いてあることが違っていたりするが・・・苦笑)なのだが、それと比べるとLinuxの方は随分と違っていて混乱した。更にややこしかったのは、普段使っているXEmacs上でのチェコ語キー配列が5種類もある(どれにせいっちゅうねん;;;)上に、これはXEmacs上でしか通用しない話で、X上のほかのアプリケーションで入力したい場合には、Xのチェコ語キー配列として定義された別の配列を覚えなければならないことだった。
しかしX上では言語の切り替えがまた面倒臭い。何とかならんものか・・・・
#Debianの4.0に期待するか。←他力本願☆\(−−;
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2007年03月17日

年度末行事、ヴォジーシェクのピアノ曲

日本チェコ協会/日本スロバキア協会から「連絡ニュース」(要するに会報)が届いた。
年末に来て以来、随分間が空いていたので気になっていたのだが、その後きちんと住所変更届を処理して頂いたようで、別に配信漏れがあったわけではないようだ。
今回は総会・パーティーとお花見会の案内。
今回のお花見会の案内は、日本語とチェコ語の両方で書かれていた。素晴らしい!!(でも、日本語の頁とチェコ語の頁、一緒にするか隣り合わせにして欲しかった...)。


久々に、MUSICA BONAでCDと楽譜を物色。今回は特にこれといって狙っているものがあったわけではなかったが、Jan Václav (Hugo) Voříšek (ヴォジーシェク)の《12の狂詩曲》Op.1 の全曲録音が見つかったので注文した。
この作品は、以前ネットラジオのD-Durで聴いて気に入ったのがきっかけで、楽譜は既に入手してある。うち何曲かはパラパラとさわりを弾いてみたのだが、何となく感じが掴めずにいたので、一度録音をじっくり聞いてみたいと思っていたのだ。
このCDでピアノを弾いているのはRadoslav Kvapil。あまり耳慣れない曲を幾つか録音しており、手当たり次第というわけではないにせよ、チェコ音楽の録音をかなり残している人という印象を持っている。
モノは1週間か10日もすれば届く筈。中身の感想についてはまたそのときに。

尚、Voříšekは、交響曲もなかなか良い作品のようで、これについては「シューベルトと同時代人ヴォジーシェクの作品を聴いてみる」に詳しく紹介されている。
...続きを読む
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2006年12月19日

機関紙

とでもいうべきものが、時々来ることになっている。
確かほぼ月刊だったと思ったが正確なところはよく分かっていない。
9月末に今のところに引っ越して以来、初めて来た。
暫く、そういえば来ていなかった。

住所変更届は郵便局に出してあったが、そういえばこいつは宅急便のメール便で来ていたんだった。
中を見ると、新住所をご連絡下さいと書いた紙が入っていた。が、封筒には紛うことなき現在の私の正しい住所が書いてあったんだが。。。?

転居の件は、10月に既にメールで連絡してあったのに、何だかなぁと言うカンジである。
posted by D(各務) at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | チェコ