2007年04月07日

Sinfonia in A

数日前、それまで主宰していた某音楽サークルから身を引くことを宣言した。
このサークルを運営していく中で、腹に据えかねることは数え切れないほどであったが、それも近々終わる(そして、将来に亘って肯定的に想い出すことのない記憶となる・・・と思う)。
#嫌なことばかりでは勿論無かったが。

そういう状況下にいることも影響しているのかも知れないが、このところ、ピアノ仲間と遊んでいて一番楽しかった在りし日を想い出すことが多い。当時のメンバーの内、ある人は鬼籍の人となり、別のある人は病に苦しんでいる。更に別のある人は仕事上、より責任ある立場になり、あまり遊んでいる場合ではなくなっている様子。幸せになった人も居るようだが、その人は残念ながら私とは行き来が無くなって久しく、当面お祝いを言う機会もありそうにない。
あれからかれこれ7年近く経った。いずれにせよ、あの頃と同じ日々はもう戻ってこない。

その当時のメンバーに、作曲をする人が居て(ご自身では自作に関しては『作曲』ではなく『錯曲』等と仰せであったが・・・苦笑)、これまた作曲のまねごと&MIDI打ち込みのまねごとに手を出していた私と、互いに作品をMIDIで交換しあったことがあった。

私の作品は兎も角、彼の作曲&打ち込みによる≪Sinfonia A-Dur≫は、バッハを初めとするバロック音楽をこよなく愛する彼らしい作品であって、曲の出来も勿論素晴らしいものであった。


ディープなヲタク話で盛り上がることの出来た頃の話である。
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2007年01月22日

くらいすれりあーな。

D-Durを聴く。シューマンの《クライスレリアーナ》を放送している。輪郭のシャープな演奏だと思いつつ、演奏者名を確認すると、アルゲリッチであった。
なるほどと納得する(笑)。
posted by D(各務) at 03:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2007年01月08日

ファジル・サイ

NHK-FM「ベストオブクラシック」で、昨年10月7日に紀尾井ホールで開かれた、ファジル・サイのリサイタルの録音を放送していた。殆ど聴けなかったが、最後の2曲だけは何とか聴いた。
サイは、今まで実際の演奏は聴いたことがなかったものの、噂では色々聞いていた。なかなか激しいアレンジをやる人だと聞いていたが、確かに。「パガニーニ変奏曲」「サマータイム・ファンタジー」共に自作自演となっていたのだが、どちらも原曲を知らなければ何が何だか分からない、というか、既にクラシックなのかJAZZなのかも判然としない、怪しい領域に入っていた。面白かったけど。

まぁそれでも、「変奏曲」の「原形留めていない度」は、ラフマニノフの「コレルリの主題による変奏曲」ほどではないだろう。

サイの技巧を存分に聴き楽しめる曲であることは間違いない。が、永く後世に残り演奏され続けるような曲かと言うと、どうなんだろう?「サイあってのこれらの曲」という感じがしなくもないが。
posted by D(各務) at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2006年12月28日

オーストリアでモーツァルトの初期ピアノ曲発見

・・・されたそうな。

http://www.asahi.com/culture/update/1228/009.html?ref=rss

90年代にベートーヴェンの未発表の弦楽四重奏曲や、ヤナーチェクの未発表作品(後に《内緒のスケッチ》としてUniversal Edition で刊行)が見つかったのも驚いたけど、これは年代的にはそれ以上の古さになるわけで。
良く残っていたものだ。
posted by D(各務) at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2006年12月27日

バロック室内楽の通奏低音・2

実は、昨日の記事で触れたばよりにすととは、Händel のばよりんそなたの1楽章を合わせたことがある。
選曲はばよりにすとからのリクエストで、内輪な発表会に向けてのネタであった。

最初に話があったとき、彼が持参した楽譜(鈴木メトードの教則本だった)を見て、「あまり時間もないけど、これなら何とかなろう」ということで、通奏低音パート(でも普通のグランドピアノで弾くわけだが・・・笑)を引き受けた。コピーは流石に不味かろうと言うことで、楽譜は自分でPeters版を調達した。
しかしこれがなかなか喰わせモノで、思いの外難しかった。「絶対におかしい、こんな筈はない」と思いながら本番を迎えた。何とか本番は乗り切ったが、後でもう一度ばよりにすと所有の楽譜を見てみると、通奏低音は、私の持っているPerters版と比べて、嘘のように簡単なのであった。しかも当時の鍵盤楽器にあるとは思えないような低い音も書かれているし。

昨日の記事とも併せて、「バロック時代の楽譜は、(ちゃんと数字付き和声とか勉強した上で)鵜呑みにせず自分で良く吟味する。それが不可能な時は、きちんと楽譜を選ぶこと」という教訓を得た、とでもいったところだろうか。
posted by D(各務) at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

バロック室内楽の通奏低音

・・・鹿爪らしいタイトルだが、門外漢である。(爆)

コレッリで思い出したのだが、以前、知人のばよりにすとに「そのうちコレッリの《ラ・フォリア》をやりませんか」と持ちかけたことがあった。
そんなことがあり、銀座まで楽譜を物色しに行ったのだが、輸入楽譜を扱っている大きな楽譜売り場ともなれば、当然そこそこ以上に有名な作品ならば複数の出版社の版を取り揃えていたりする。《ラ・フォリア》もその例に漏れず、Schott, Bärenreiter, Peters 等々の出版社の物が並んでいた。鍵盤楽器担当なので必然的に関心は通奏低音パートにいくわけなのだが、楽譜を開けて見て吃驚であった。同じ曲なのに、なんと出版社毎に通奏低音パートのに書いてあることが全然違うではないか。
数字つき通奏低音譜に、(恐らく参考として)右手を書き加えてあるもの、そういうことは特に関係なく、和声を表す数字を表記せず、右手の音を書き加えているもの、等々。当然、和声進行自体は殆ど一緒であろうが、音は全然違っている。
元々この時代の本来の通奏低音の楽譜は、バスと、その上に載せる和音を表す数字で表された、所謂「数字つき和声」であり、それを実際どのように弾くかの判断と実践は、それぞれの奏者に課せられた仕事であった。
各出版社のしていることは、いわば親切若しくは世話焼きである。
「・・・それにしても、こんなにバラバラだとはねえ。」
と絶句し、目的の楽譜は買わず、代わりにテレマンの「通奏低音の練習」という書籍を買って帰ったのであった。
この本、譜例と実際上のヒントが色々書かれていて、それなりに役に立ちそうではあるが、実際に良く考えながら実践しようとするとなかなか難しかったりする。通奏低音を担当する具体的な計画がないうちに、一通りかじっておくのが理想であろう。この本の問題といえば、例題がのっけから現代の日本人に馴染みのない曲である、といったところくらいであろうか。

「通奏低音の練習 −歌いながら、弾きながら−」
ゲオルク・フィリップ・テレマン 著
山田貢・須永恒雄 共訳
シンフォニア
posted by D(各務) at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2006年12月22日

ペダル

Blogなんていうものは、流行りだした頃から、あんまり自分には縁のないモノだと思っていた。
が、某SNSに参加して、そこで日記を付けることを勧められたので、その練習というか、続くかどうかを様子見するために書き始めたモノが、ここのBlogだった。
まだ付け始めだし、いつまで続くか分からないが、取り敢えず今しばらくは続けてみようかと。。。


さて、ペダルである。
ピアノの。

最近、ペダルの本を読んでいる。
これを読むと、ピアノの奏法の要素の中でも、ペダリングというのはなかなか厄介な代物であることを思い知らされる。

ウォールター・エマリの著書「バッハの装飾音」(東川清一・訳)によると、バッハ作品の装飾音を弾く上で、演奏家には正しいセンスを身につける義務と、然る上で好きなように弾く自由があるという。
これは、バッハが装飾記号と奏法をきっちり対応付けた表を殆ど遺さなかった(正確には、大層貧弱なモノが一つ、遺されてはいる)からであるが、実は殆どのピアノ曲のペダリングに就いて、これと全く同じことが言えたりする。

今、休止を何度も挟みながら、ブラームスの第3ソナタの第1楽章に手を出しているが、これとて、書いてある通りにしかペダルを踏まなかったとしたら、冒頭から音がぐちゃぐちゃになって、とんでもないことになってしまう。
この曲にしても、ブラームスが「どうしてもここはこう踏んで欲しい」と思ったところにしか書かなかったのだろうと思われる。
明確に「後ペダル」の指示があるような箇所もあり、よく見ればフレージングなどのヒントにもなりうるが、殆どの箇所では自分で考えて踏むようにしなければならない。 1/2ペダル、1/4ペダルなども同様。ひぇ〜っ。。。

「ピアノペダリング」(ライマー・リーフリング・著/佐藤峰雄・訳/音楽之友社)
posted by D(各務) at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ

2006年12月06日

電話

午前の仕事中に、携帯から電話が入る。発信元は知らない番号であったが、自分の住所のある県内の物であったので、何かと思い、取り敢えず出てみる。
出ると、年輩の女性の声で、もごもごと何か言っているのだが、さっぱり聞き取ることが出来ない。そのうち切られてしまう。
気持ち悪いので、こちらから掛け直す。出てはくれるが、しかし先方は先程と全く同じ調子でしか喋らないので、会話にならない。「あの、お電話が遠いようなんですが。」等と言ってみるも、丸で効果なし。漸く「○○さんに宜しくといってくれれば分かるから。」というのだけ聞こえる。
当方、受けているのは携帯電話であるが、多分、自宅に掛かってきたのがボイスワープ(という、NTTの電話転送サービスを契約しているのである)で転送されてきたのであろう。

間もなく、これも勝手に切られてしまう。
ここまで、大した時間ではなく、せいぜい5分も経たなかったであろう。
いい加減ここで諦めて、放っておくことにした。

大事な用事でなければいいのだが。


帰宅後、少しだけピアノに触れる。
練習曲代わりのバッハ(イギリス組曲第3番)と、ノヴァークの《英雄ソナタ》を、共に少しづつ。
少しは腰を入れて練習しないと、何時までたっても譜読みが終わらない(苦笑)。

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posted by D(各務) at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ