2007年11月04日

ブラームス《ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 Op.15》 ピアノ2台4手版

D-Durにて。
「楽しい連弾の部屋:ピアノ・デュオの世界」でもその存在は紹介されていて知っていたし、Dover版の楽譜も見たことがある。
しかし、実際の演奏は初めて聴いた。

ブラームスのピアノ協奏曲のピアノ2台版に関しては、ピアノの楽譜売り場によくあるような、ピアノ協奏曲のピアニスト向けの楽譜(桶パートがピアノ版に編曲されているもの)ではなく、ブラームス自身が純粋なピアノ2台版に再構成した編成のものがある。この演奏も恐らく、その楽譜を用いたものだろう。

ブラームス自身、この作品の構想には随分と難渋し、作曲の過程のある時期において、この作品はピアノ協奏曲ですらなかった。

音楽作品として成功することのなかなか難しいと言われるピアノ重奏の世界にあって、これはなかなか悪くない出来だ。
原曲がピアノ協奏曲の中でも比較的交響曲的な、所謂「協奏交響曲」に属するものであるので、この編曲を聴く分には、幾分交響曲のピアノ2台4手編曲物といった雰囲気もある。
そういった背景は別として、ピアノ重奏物として、充分面白く聞ける作品だろう。


16:53 - Johannes Brahms: Koncert pro klavír a orchestr č. 1 d moll op. 15. Úprava pro dva klavíry
Maestoso; Adagio; Rondo. Allegro non troppo; Hrají Silke Thora Matthies (klavír) a Christian Köhn (klavír).(51 min)

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2007年10月25日

Fibichの楽譜到着(続)

前回の続きを。
帰宅後の深夜に血走った目(をいをい)で計算問題を解いたり、知らない述語単語を覚える日々が「取り敢えず」終わったので、届いた楽譜を、資料を傍らに読んでみた。

「管弦楽の為の牧歌《黄昏》」Op.39 のピアノ1台4手連弾版
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...は、チェコに嘗て存在した出版社・Fr. A. Urbánekから出版されたもの。Hudec氏による、Fibichの作品主題目録の出版楽譜の欄にもこの楽譜に就いての記載がなかったので(※)、割とどうでも良いものという位置付けなのかという先入観があった。出版年も記されていないし、普通、楽譜の1ページ目に作曲者名と並んで記されている筈の編曲者名が、そこに記されていなかったこともあったし。
もしアネシュカ・シュルゾヴァーやオタカル・オストルチルくらいの人物の編曲であったなら、間違いなく編曲者名が明記される。
実際、アネシュカ・シュルゾヴァーは《ピアノ五重奏曲》Op.42 のピアノ連弾版編曲を書いているし、オタカル・オストルチルも《黄昏》のピアノ2手版編曲を書き、何れも編曲者名入りで出版された。

ただこの楽譜、カタログ番号には "U.837" が振られているが、よく調べてみると、《ピアノ五重奏曲》Op.42 の初版が同じ出版社から出ていて、このカタログ番号がもっと後の "U.903" となっている。
ピアノ五重奏曲の初版が刊行されたのは1895年だから、《黄昏》の連弾版が刊行されたのは少なくともそれより以前であると想像がつく。
ここで重要なのは、その出版年が少なくとも、1900年にやってくる作曲者の死よりも前であるということだ。「編曲版の楽譜が、作曲者の生前に出版されていたのか」という目で見ていくと、他人が編曲したにしては妙な箇所が幾つか目に付く。例えば、《黄昏》の原曲にはないが、(《黄昏》の一部を抜粋した形で成立した)ピアノ曲《ジョフィーン島の夕べ》Op.41-139には存在する前打音が存在していたりして、作曲者の没後ならいざ知らず、これはちょっと大胆ではないかと思うのだ。

「編曲者名が分からないのも気持ち悪いなぁ」と思いつつ、珍しいカラー印刷された表紙を眺めていると・・・・答えがソコに。
独逸語で "Für Klavier 4händig vom Komponisten." って書いてあるじゃん。・・・作曲者自身による編曲だった。

今度からは表紙に書いてあることも、一通りちゃんと読みましょう>自分。(--;


※実は同書の別の頁に、この楽譜のことは記されているのだが、恥ずかしながら、この記事の執筆当時はそのことに気付いていなかった。(2007.11.4 補記)
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2007年10月16日

Fibichの楽譜到着

・・・しました。
#日曜日の話だけど。(^^;

 (1)歌曲《春の輝き》Op.36(第2巻)
 (2)管弦楽の為の牧歌《黄昏》Op.39 ピアノ1台4手連弾版

何れもドイツの古書店から送られたもの。両者とも正確な出版年が不明だが、概ね1890年代〜1950年代の間だろう。楽譜のカタログ番号と資料を突き合わせて確認すればある程度のことは分かるかも知れない。

(1)は、今年の5月だったかに第1巻を入手。今回ので全曲揃ったことに。
(2)は、殆ど管弦楽作品のジャンルにおける代表作の一つと言っても良い作品のピアノ連弾編曲版。編曲者名が記載されていないのが「?」だけれども、恐らく作曲者自身によるものではないのではないかと思われる(調査中)。
実は以前(3年くらい前かな?)、自分で原曲の指揮者用スコアから同じ編成に楽譜を起こしたことがある。その楽譜は一昨年亡くなった友人に差し上げてしまったので手許にないが、記憶を頼りに「ふ〜ん。ここはこう来たか」等と比較しながらざっと眺めた。
それだけでも取り敢えず、随分と楽しめた。
弾いてみたいが、連弾だし、機会があるかどうかは微妙なところ。
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2007年10月01日

ホロヴィッツの楽譜

これはスゴイ!

:: Horowitz Scores Online ::

基本的に全て耳コピのようだが、これだけ纏まったところも他にないかも知れない。

尚、偶然ながら、今日はホロヴィッツの誕生日。
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2007年09月29日

ベートーヴェン:ピアノソナタ第15番 ニ長調 Op.28 《田園》

を、ダニエル・バレンボイムの演奏で聴いている。
D-Durの放送による。

第1、第3楽章は、とてつもなくゆっくりで面食らった。
何でこんなにゆっくりなんだろう。
この人が弾く他のベートーヴェン作品でも思うことだが、「もっとanimatoに弾いてくれっ」と、この曲でも思ってしまう。。。

バレンボイムの奥さんは、天才チェリストのジャクリーヌ・デュ・プレだった。彼女は夭逝したが、2人で残した、ショパンの《チェロとピアノの為のソナタ ト短調》op.65は、演奏史上に今尚燦然と輝く名演であると言って良い。

ヴラディミール・アシュケナージ(親父の方)と共に、ラフマニノフの《ピアノ2台4手のための組曲第2番》Op.17、《交響的舞曲》Op.45 --- 何れもピアノ2台4手作品としては最高峰といっていい演奏難度と完成度を持っている --- を録音した。
このうち後者は良い演奏だと思ったが、前者はちょっとテンポが遅目ではないかと思った。

そんな「遅目のテンポ」が、この《田園》ソナタにも当てはまるような気がしている。


18:31 - Ludwig van Beethoven: Sonáta pro klavír č. 15 D dur op. 28 Pastorální.
Allegro; Andante; Scherzo. Allegro vivace; Rondo. Allegro ma non troppo; Hraje Daniel Barenboim (klavír).(30 min)
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2007年09月27日

ベートーヴェン:ピアノソナタ第9番ホ長調 Op.14-1

WCPEを聴く。
古い録音の音でもないのに、かなり躍動感のある演奏だった。曲名と演奏者を調べてみると、曲は題記の通りだが、ピアニストは "Pratt" という見慣れない名前の持ち主だった。
アカデミックな演奏が最近多くなっている中、いまどきのピアニストとしてはちょっと珍しい部類に属する演奏家ではないだろうか。
#「アカデミックな演奏」の良し悪し論は、ここではひとまず措いておく。

気になったのでwebで色々調べてみると、グールドの影響を受けたと自ら語っているということ、割と最近デビューしたこと、ピッツバーグ生まれのアフリカ系であること、「レゲエやってるお兄さん」でそのまま通用してしまいそうな髪型である(笑)、等々のことが、既に日本語の記事や紹介文として幾つも出ていることが分かった。

若しかしたら、注目しても良い演奏家の一人かも知れない。

リンク:Awadagin Pratt のウェブサイト
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2007年09月24日

アルゲリッチの弾く、ショパンの第3ソナタ

D-Durにて。
アルゲリッチの弾く、ショパンの第3ソナタを聴く。
これは結構好みが分かれそうな演奏だ。
しかし、この曲を聴いたこと自体があんまりにも久しぶりだったので、つい「♪思い〜込んだぁ〜ら 試練〜の〜み〜ち〜を〜」のことを思い出してしまった(爆)。
#こういう聴き方はよくないんだけどなぁ、と一応自覚しつつ。

ちなみに、さっきはアルゲリッチで、バッハのイギリス組曲第2番を放送していた。こちらはバッハながら、かっちりと、きびきびとした演奏で良かった。
「リヒテルのバッハの何処が好きか?」というのと、「アルゲリッチのバッハの何処が好きか?」という問いがあったとしたら、多分ほぼ同じことを答えるような気がする。



19:23 - Fryderyk Chopin: Sonáta pro klavír č. 3 h moll B 155 op. 58
Allegro maestoso; Scherzo. Molto vivace; Largo; Finale. Presto non tanto; Hraje Martha Argerich (klavír).(26 min)
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2007年09月17日

フィビヒ(フィビフ)《気分・印象、そして追憶》

以前はよく弾いていたこの作品だが、最近は全くと言っていい程に弾かなくなってしまった。
それはこの作品絡みで、2年前の春には色々と辛い想い出も出来てしまったので、弾かなくなったこと自体は、それと無関係ではなかろう。
引っ張り出そうと思った理由?
理由なんてない。単なる発作だ((C)スクリャービナくん)

そんなこんなで遠ざかっていたのだが、約1年前に今の家に引っ越して以来一度も出したことのなかったこの作品の楽譜を出してみた。
恋愛日記として綴られた作品だから、兎に角官能的な要素を感じて引いて(『弾いて』ではない・・・苦笑)しまう人がいるようだが、私はもっと気軽にかかれた作品ではないかと想像している。
#いや、確かにそういうエピソードがついている作品もあることはあるのだが。
私自身は、彼のほかの作品との関連性を見て、そのテーマの使いまわしの多さをみて考えるに、そこまで深く真に受ける必要はないのではないかとも思うのだが、そこを「想像」ではなく「断言」するには、もうちょっと私自身が彼のその当時の動向や心境をよく知ってからにしないとまずいだろう。手紙やその他の資料を精査するとか・・・(笑)。


先日、池袋のジュンク堂書店で故・佐川吉男さん(音楽評論家でチェコ音楽に造詣が深く、関根日出男先生の前に日本マルチヌー協会の会長を務めておられた)の書籍をチラッと読んだ(他に買う本が多かったのでこの日は買えずじまい。しかし欲しくなったので後日購入するつもり)のだが、その本にはフィビヒ(フィビフ)についての一章が設けられていた。これによると佐川さんのフィビヒ(フィビフ)についての見解は、私のそれとほぼ一緒だったことが分かった。
私がどういう見解を持っているかについては、《気分・印象、そして追憶 〜 Zdeněk FIBICH》の前文をご覧下されたし。
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2007年09月04日

プロコフィエフ:《ロメオとジュリエット》Op.75 (ピアノ2手編曲版)

今日のD-Durは、「まさかこれはないだろう」と思っていたのが出てきた。
プロコフィエフの《ロメオとジュリエット》のピアノ2手版だった。
バレエだから、元の編成は勿論桶だが、こうやって聴くと、プロコフィエフのピアノ作品そのものの響きがする。
昔、都内の吹奏楽団に居た頃、ホルンの4thでこの曲(正確にはバレエ組曲の吹奏楽編曲版)のステージに乗ったことがあって、この曲を聴くといつもそのときのことを思い出すのだが、響きが違っていても、このピアノ版は面白い。
#ただ、ピアニスティックな曲ではないので、そういう方向での
#弾く「面白さ」は、若しかすると少ないかも知れない。

プログラムは下記の通りだが、直訳すると

 ロメオとジュリエット op.75 ピアノの為のバレエからの10編

となる。

バレエの練習ではピアノ伴が使われるそうだから、楽譜はまぁ元々あるものなのかも知れないが、それ自体を観客に聴かせるものとなると、編曲自体が違うだろう(多分)。
・・・なんて思っていたのだが、若しかしてと思って探してみると、なんと楽譜は全音から出ているではないか。

・・・な〜んだ。(^^;

近年、国内版の楽譜を殆ど見ていなかったので「灯台下暗し」ぶりが露呈した恰好だが、今度機会があったら見てみようと思う。

2007年07月03日に出てきた Emil Leichner に続き(?)、今度のピアニストも初めて見る名前だった。
この人、ミュンヘン国際コンクールの優勝者だそうで、株式会社 ノア・コーポレーションのウェブサイトで、プロフィールが紹介されている。


16:30 - Sergej Prokofjev: Romeo a Julie op. 75. Deset částí z baletu pro klavír
Lidový tanec; Scéna; Menuet; Julie děvčátko; Masky č. 5; Montekové a Kapuleti; Otec Lorenzo; Mercutio; Tanec dívek s liliemi; Romeo a Julie před rozloučením; Hraje Bernd Glemser (klavír).(37 min)
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2007年08月13日

バラキレフ:ピアノ協奏曲第2番 変ホ長調

バラキレフと言うと、《イスラメイ》くらいしか知らなかったが、それでもどちらかと言うと「知らない方」ではないと思う。

WCPEで、題記の作品を放送していた。
ロシア的雄大さも多少はあるような気がするし、第1楽章なんかは映画音楽にもなりそうな感じの曲調であるのだが、しかしラフマニノフのような憂愁を帯びたロマンティシズムなものではない。
ピアノ協奏曲であるにも拘わらず、まるでチャイコフスキーの交響曲のように金管楽器がよく吼えているのもちょっと珍しい。録音じゃなくてステージで聴いてもちゃんと録音のような音のバランスが取れるのか?と気になってしまうがどうなのだろう。
また、音符が細かく目まぐるしく、この辺は誰かに似ているなぁと暫く考えてみたが、サン=サーンス辺りに似ている気と言ったら、大体当たらずとも遠からずといったところではないだろうか。

で、結局感想はどうかと言うと、レスピーギ《ミクソリディア旋法によるピアノ協奏曲》と同じで、「若しかしたらピアノ協奏曲の隠れた名曲かも知れない気はする。だけど1回聴いただけでは良く分からん」であったりする。(^^;;;
CDが今も店頭に並んでいるものなのか、気が向いたら探してみるか・・・


Balakirev: Piano Concerto No. 2 in E flat
CD: Hyperion 66640 034571166407
Malcolm Binns, pianist
English Northern Philharmonia orchestra
Lloyd-Jones, conductor
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2007年07月30日

ヴォジーシェク 《6つの即興曲》Op.7

D-Durを聴いていた。
以前も聴いたような曲が放送されていた。ヴォジーシェクの《6つの即興曲》だった。
前に聴いたときは、作曲者・曲名までは確認していなかったので、「ヴォジーシェクの曲」と知って聞いたのは今日が初めてだった。《12の狂詩曲》Op.1も良かったが、これもなかなか良いではないか。古典派的な曲調で、踏み込んだ言い方をすると、ベートーヴェンの小品から、時折現れる素っ頓狂なパッセージを排除したような感じ。雰囲気的には、ベートーヴェンのピアノ作品に近いものがあると思う。
チェコに生まれてウィーンで活躍し、その才能をベートーヴェンに高く評価されていたヴォジーシェクの33年半の生涯は、ベートーヴェンの後期約30年と殆ど重なっており、同じ世代で似たような歳(31歳)で生涯を終えたシューベルトとは親交があった。だからそういう作風であるのは良く分かる気がする。

さて、放送されていたのは下記の演奏である。ここには"klavír" としか書いていないが、フォルテピアノで演奏している音色とアーティキュレーションだった。



14:27 - Jan Václav Hugo Voříšek: Imprompty pro klavír op. 7 Šest impropmtů pro klavír
Impromptus č. 1, C dur, Allegro; Impromptus č. 2, G dur, Allegro moderato; Impromptus č. 3, D dur, Allegretto; Impromptus č. 4, A dur, Allegretto; Impromptus č. 5, E dur, Allegretto; Impromptus č. 6, H dur, Allegretto; Hraje Olga Tverskaja (klavír).(35 min)
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2007年07月28日

Herman Goetz: Sonate für Klavier zu vier Händen

"Klaviermusik" というタイトルにしている割にドイツ語圏のピアノ音楽の話題が少ないが(苦笑)、たまにはということで。

元々知らない作曲家だった(それはそうか)し、最初の接触も、この作曲家に興味があってのことではなかった。
「楽しい連弾の部屋」で以前、Fibichの連弾ソナタの音源が紹介されたとき、その音源(CD)に一緒に収録されていた作品の一つがこれだった。
これを、ある知人に話したところ、この作品を知っていて、且つ高く評価していたので、私もこの音源を入手した後、少しく真面目に聴いてみたのであった。

Goetzという人はBrahmsとは同時代人で親交もあり、高く評価もされていたらしいけれど、残念ながら僅か35歳で世を去ってしまったため、余り作品が残っていないようだ。作風から言って、彼のDvořákとはまた違った面を、Brahmsは評価していたんじゃないか、と思う。

ロマンティックで、構成もしっかりしており、メロディアスであるというよりも構造的であるけれども、流れるように自然な楽想である。「楽しい連弾の部屋」の故・田中一実さんは前記の評の中で「儚さ」という言葉を使っておられたが、確かにそういう感じもするし、それがこれだけ重厚な楽想で綴られているのも、なかなか他の作品に見られるものではないのではないかと思う。

ちなみに、田中一実さんが Fibichのop.28 の日本国内での知名度を上げるのに陰で果たした役割というのは、ここではあまり詳しく書かないことにするが、実は非常に大きいものがあるということを付記しておく。
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2007年07月18日

ドビュッシー 交響詩《海》 ピアノ4手編曲版

D-Durで、ちょっと吃驚するようなものを放送していた。ドビュッシーの交響詩《海》のピアノ4手編曲版だ。
この編曲の楽譜自体は、Doverから出ているドビュッシーのピアノ4手物の楽譜に全楽章が載っているので、日本国内にいても入手は何も難しいことはない。ちなみに楽譜は持っているが、とても私程度の手に負えるような易しい譜面ではない(残念...)。
さて、録音となると、ベロフ&コラールの音源にも収録されていないし(比較的有名な音源と思われる、《民謡の主題によるスコットランド行進曲》、《小組曲》などの収録されたディスクには入っていない。が、若しかしたら探せば別なディスクが出ているのかもしれない)
そういうわけで、ちょっと興味深く聴いた。ただ、聴けたのは残念ながら終楽章の途中からになってしまったが。

桶物のピアノ編曲版の宿命として、音価の長い音が多少埋もれてしまったり、相対的に目立たなくなってしまう箇所があったりする。そのような点で原曲と印象を異にする箇所もあるが、この辺は楽器の特性もあるので止むを得ないところもあるだろう。
スメタナの《祝典交響曲》のように「ピアノ版にすることによって、原曲よりも(ある意味)面白くなった」というような効果は正直なところ感じなかったが、演奏そのものは輪郭のシャープな整ったもののように思った。
下記を見て分かるように、演奏者の一人は日本人らしい名前である。調べてみると、「永井幸枝」と書く方のようだ。
ディスクはどうもこれであるらしい。



16:49 - Claude Debussy: Moře.
Úprava pro dva klavíry Od svítání do poledne na moři; Hra vln; Rozhovor větru s mořem;
Hrají Yukie Nagai (klavír) a Dag Achatz (klavír).(27 min)
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2007年07月13日

日本ゴドフスキー協会

というのがあるとは知らなかった。。。
http://godowsky.hp.infoseek.co.jp/contents/

もう一昔前のことになるが、当時BBSであったNifty-ServeのFCLAS「鍵盤楽器の部屋」で、ゴドフスキ−を熱く語っていた人達がいた。彼等のなかの何人かは、ここに関係しているんだろうか。

ゴドフスキ−・コンクールとか、セミナーとかの企画があるようだったが、コンクールの方は募集要項のようなものが載っているだけで、第1回(2005年)の結果発表とかは載っていないようだった。
5年に1回の開催というから、次はまた随分先になるが・・・
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2007年07月03日

スメタナ 《ピアノの為のチェコ舞曲》第2集

今日もD-DUr(笑)。
スメタナの 《ピアノの為のチェコ舞曲》第2集 を放送している。
弦楽四重奏曲なんかを聴いても思うことだが、スメタナの作品には、一種の「熱さ」がある。この「熱さ」は、聴く者の心の内の何かを掻き立てるような「何か」である。
この作品も、多分にその「何か」の要素が濃い。
「フリアント」のような力強い民族舞曲を持つ民族の出自であるからというだけではなく、やはり個人の性格にもよるのだろう。

スメタナを「チェコ(或いはボヘミア)のベートーヴェン」という評し方があると聞くが、何となく違うようにも思う。
どちらも力強い作風が際立った特徴の一つであるが、ベートーヴェンは時に諧謔的であるけれども、スメタナの場合は多分そういうことはなく、その代わり、ときに張り詰めたたような緊張感を醸し出すことがある。
緊張感と言うだけなら、他にもそういう作品を書いている作曲家は多いが、スメタナの場合、多少際立っているのではないかと思う。
この点、Fibichやドヴォジャークの作品などは、何とも牧歌的なものである。

#↓ところで、ピアニストの「エミル・レイフネル」って誰?(爆)


16:50 - Bedřich Smetana: České tance pro klavír II.řada.
Furiant; Slepička; Oves; Medvěd; Cibulička; Dupák; Hulán; Obkročák; Sousedská; Skočná; Hraje Emil Leichner ml. (klavír).(47 min)
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2007年06月28日

ヒンデミット《Ludus tonalis. Cyklus skladeb pro klavír》

D-Durを聴く(って、シリーズなのか?>自分(^^;)
一部よく分からない単語があるので、タイトルは取り敢えず書いてあったままに転記。
新古典主義と言うのとはちょっと違う感じがする。ヒンデミットの作品は、これまでに《オーボエとピアノの為のソナタ》、《トランペットとピアノの為のソナタ》、《ヴェーバーの主題による交響的変容》を聴いたが、大体それらから想像できるような感じの作風だった。
演奏時間はピアノ独奏曲としては破格の長さだし、技術的にもそんなに簡単そうには聴こえないが、弾いてみたら案外面白い曲かも知れない。
ということで備忘録代わりに(笑)。



17:21 - Paul Hindemith: Ludus tonalis. Cyklus skladeb pro klavír
Hraje Ivo Janssen (klavír).(57 min)
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2007年06月08日

レスピーギ《ミクソリディア旋法によるピアノ協奏曲》

こういうのがあるとは知らなかった。

が、如何にもありそうではある。
レスピーギと言えば、例えば連作交響詩《ローマ三部作》のように、豊富な打楽器セクションを取り揃えた大規模な編成の管弦楽を自在に操り、色彩感豊かな作品を書いていて、オーケストレーションに関しては第一級の能力の持ち主だったのではないだろうか。また一方では、旋法で音楽が書かれていた時代の古い作品をアレンジして《リュートの為の古風な舞曲とアリア》のような作品を書いている。《リュートの為の・・・》は、比較的有名なのは第3組曲だが、第1、第2組曲もなかなか良い。「ベルガマスカ」で聴かれる明るい曲調の中の不思議な爽やかさは、ドリア旋法による。
ピアノ曲では、私は全音から楽譜も出ている《6つの小品》等の他は余り知らないが、概ね「イタリア印象派」とでも言えそうな具合のようだ。

さて、ピアノ協奏曲である。
上のような背景からすると、期待と言うか、予想を裏切らないような響きを持った作品であった。
色彩感に富んだ華麗で、スケールの大きい音楽(伊太利亜弁で言うと、"Grandioso" ってとこか)。また、そのまま劇音楽にも使えてしまいそうな感じである。
ただ・・・ピアノも勿論聴かせどころはあるのだが、管弦楽の方が目立ってしまい、ピアノが少々霞んでしまっているような気がした。また、終わり方が少々唐突かな?

あと、1回聴いただけでは構成がつかめなかったので、もうちょっと回数聴き込むと、良さが見えてくるのかもしれないと思った。

ということで、放送していた D-Durのページから:



16:47 - Ottorino Respighi: Concerto in modo misolidio pro klavír a orchestr

Moderato; Lento - Andante con moto; Passacaglia. Allegro energico; Hrají Geoffrey Tozer (klavír) a BBC Philharmonic Orchestra, řídí Edward Downes.(41 min)
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2007年06月02日

さすらい人幻想曲

今日は仕事関係で幾つか本を買わなければならなかったので、本屋に行った。
その序でに、楽譜屋にも出かけた。
シューベルトの《さすらい人幻想曲》D.760(この作品のドイチュ番号なんで今日まで知らなかった☆\(−−;)の楽譜が欲しくなったのだ。
楽譜を買って、本格的に取り組むとも思えないけど、どんな感じかを知りたくなったのだ。他にはそれらしい理由もないので、まぁ発作のようなものかも知れない。<動機
シューベルトは本来、楽譜に書かれた記号の解釈が難しい作曲家で、自筆譜では例えば松葉記号のdecrescendo と横向きアクセント記号の区別が判然としなかったりする。
#こんな清書に困るようなケースが他にも幾つかある。

この点、全音から出ているハワード・ファーガスンが校訂したソナタ集は非常に優れていて、校訂者が正しいと信じる解釈を示すと同時に、その解釈にはときに疑問を差し挟む余地があること、また校訂者によって補われた記号は、その他と明確に区別がつくような方法で記述がなされている。そういったことからソナタの楽譜を買うときは全てこれにした。が、《さすらい人幻想曲》はないらしい。というか見つからなかった。
ここまで来ると、例えば「HENLEならば間違いなかろう」と云うようなことが何か言えるかというと、必ずしもそう言い切れる根拠も見当たらないので、楽譜選びには少々悩むことになる。
その他の手持ちのシューベルトの楽譜は、Breitkopf & Härtel版か、Peters版ばかりなので、そのどちらかにしようと思った。まぁ決定打もないし。
で、行った先(アカデミア@本郷三丁目)にあったのはPetersとHENLE版, Bärenreiter版だったので、Peters版を買い込んで帰宅の途についた。

大学・大学院時代はほぼシューベルトばかり弾いていた(他にラフマニノフやスクリャービンとかにも手を出したことはあったが)が、《さすらい人幻想曲》に就いては、曲は聴いて知ってはいたけれど、興味を持つことはなかった。

さて、帰って弾いてみた。
シューベルトらしい明るい響きはあるけれど、やはり、ベートーヴェンっぽい印象(爆)。
3/4拍子のスケルツォ風の部分は、冒頭から運指もなかなか難しい。
まだ気になったところのそのまた一部を音出ししてみただけなので、ノヴァークを浚う傍ら、もう暫く遊んでみようと思う。

...って、最近ピアノネタは浮気系ばっかだなぁ。(^_^;
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2007年05月21日

ラフマニノフ《コレッリの主題による変奏曲》op.42

ラフマニノフ通でない人にとっては耳慣れない曲名かも知れないが、ラフマニノフの亡命生活中唯一の、そして生涯を通じて最後のピアノ独奏曲となった作品。

最近はピアノに向かえば、(練習曲は別として)専らノヴァークにかじりついているが、たまに違うのも弾いてみたくなる。
だからといってこの曲を持ち出すのも正直どうかと思ったが(しかも全曲となると全く手に負えないし)、たまたま引っ張り出してあったので、今日の練習中の気分転換はこれになった。

高校受験の頃、ある日シューラ・チェルカスキーの来日公演の録音をNHK-FMで放送していて、以来それを録音して何度も聴いていた。
なんでまたこんな難解な曲をそんな早いうちから聴いていたのかというと、単にその頃ラフマニノフに嵌まっていたからだった。当然ピアノ協奏曲第2番・第3番にはド嵌まりし、《交響的舞曲》や前奏曲集もよく聴いていた。そんな状態だったから、最初は全く訳がわからない印象だった《コレッリの主題による変奏曲》も、『聴けばそのうち分かってくるだろう』という、あんまり訳の分かりそうにない理屈の上に立って、繰り返し聴いていたのだった。(^^;
非常にドライで世紀末的(違う言い方をすると、退廃感と絶望感とでも云ったところか?)で、かなり自由に変奏されている。良く聴き、曲のマクロな構造が分かってくると、単に変奏曲ではなく、ドラマティックな展開を持った一個のピアノ独奏曲としての素性が見えてくる。中間部を過ぎてからの高揚感など、高校受験を控えた多感なちうがくせいの精神を鼓舞するにはうってつけではないか。☆\(−−;

チェルカスキ−というピアニストも、その録音で初めて知った。後で世に有名なアシュケナージの録音や、チェルカスキ−のスタジオ録音など、数種類の録音を聴き比べたが、完成度や高揚感(こんなの評価項目にして良いのかという話はあるかも知れないけど)の点から言って、これには全く及ばないと思った。
チェルカスキ−の演奏は総じて、良く言えば「作品を一旦楽譜以前の状態にまで戻し、そこから改めて構築し直された、生きた音楽」、悪く言えば「ブロークンな演奏」となる。こういう評価(特に後者)は「最後のロマン派ピアニスト」と云われた者の負う宿命かも知れない。

しかし、後に色々聴いたチェルカスキ−の演奏、私は大変気に入った。
シューベルトのピアノソナタ イ長調 D.664 も素晴らしかったし、バラキレフの《イスラメイ》も、最後のカデンツの絶妙の間合いも彼ならではのものだろう。また、彼の師であるヨゼフ・ホフマンの《カレイド・スコープ》や、自身の《悲壮前奏曲》等も聴き応えのあるものであった。


...それはそれとして、ちょろちょろっと弾いてみた。
学生の頃に時々浚っていた、「間奏曲」以降が中心であった。元々「弾けている」というレベルに到達したことすらなかったが、それにしてもまぁ見事に忘れていた。

今までなら、この手の気晴らしには、Fibichを弾くことが多かったが、最近はちょっと矛先を変えようと思っていて、今暫くは試行錯誤の時期だと思っている。
人間関係で辛いことが色々あったので、またシューベルトに逃げ込みたい気分も濃厚なのだが、過去の経験から、シューベルトに逃げ込むと立ち直ることまで放棄しかねないので、それもちょっとどうかなと。
ただ、今メインに据えているノヴァークは、シューベルトとは違って聴く者に奮い立たせる力を持った音楽だと思っている。

...ということで、どうしようかなぁ(苦笑)。
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2007年05月10日

フェルステルのピアノトリオ

チェコの作曲家、スメタナ=フィビヒの系統を継ぐと見られる作曲家に、ヨセフ・ボフスラフ・フェルステル[Josef Bohuslav Foerster] がいる。
この作曲家、作品はかなりの数を書いているのだが、実は私自身は余り作品を知らない。というのも、作品に関する情報が極端に入手し難いことに加え、歌曲を多く書いているらしいということがあるからだ。
前者は兎も角として、後者についても、歌曲を余り聴かない私においては、作品に入っていくについてかなりのネックになる。
しかし、ドイツ・ロマンの色濃い作品を書いていて、スメタナは少々「?」であるとしても、少なくともフィビヒの後を受けるような位置に立つ作曲家とはいえるのではなかろうか、と思っている。
注目するようになったのは、初めて聴いたフェルステルの作品《夢》Op.49 を聴いてからだった。初めて聴いた作品である筈なのだが、幼年時代の遠い昔に耳にした錯覚を覚えるような、不思議な懐かしさを覚える旋律、叙情的な雰囲気に満ちた作品であった。

そういうことをまた期待して聴いた、彼のピアノトリオ集のCDは、ある意味衝撃でもあった。SUPRAPHONから出ているディスクには、Op.8, 38, 105 の3作品が収録されている。叙情的な旋律の絡み合いを用いつつ、しかしこれらの作品を支配しているのは、Op.49の持つ懐かしさなどではなく、強烈な虚無感であった。響きとしては寧ろ、スメタナやドヴォジャークほどの素朴さがありながら、マーラーの煽った世紀末的な要素を、フェルステルも自分の作品で描こうとしたのかも知れない。
面白いのはOp.38。3楽章構成で、楽章が進むにつれ、テンポがゆっくりになっていて、ベートーヴェンの幻想曲風ピアノソナタ、所謂《月光ソナタ》の逆を行っている。そしてこれだけ強烈な虚無感を漂わせた終わり方をする作品であるから、演奏会で取り上げるとすればプログラム構成に余程の工夫がいるであろうし、その代わり、面白いコンセプトのステージになる可能性も多分にある。それだけ癖のある作品だけに、少なくともオープニングやトリに使えたシロモノではないことは確かだろう。
そしてOp.105に至っては更に不思議な世界になっている(この曲に関しては、虚無感というのとはちょっと路線が違ってきているかな?)。

---- ディスクの紹介 ---------------------
Foerster Complete Piano Trios
Ales Bilek, pianist
Stanislav Srp, Violinist
Frantisek Pospisli, Violinist
Vaclav Jirovec, Chellist
[SUPRAPHON / SU 3603-2 111]
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posted by D(各務) at 02:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ