2010年03月06日

ピアノグランバザール

に、行ってきた。
http://www.dinos.co.jp/saiji/091400/used/index.html

会場の新宿NSビルに足を踏み入れたこと自体、今回が初めてだと思う。

今回の目玉は、1903年Pleyel製の「シノズワリー」、1910年Bösendorfer製の「ヨハンシュトラウスモデル」、1939年Steinway &smp; Sons製のS-155あたりだろうか。

国産のピアノも多数出品されていて、色々弾き比べてみたが、メカニカルな部分ではSteinway & Sonsの上位機種とYAMAHAのは流石にしっかりしていた。
Bösendorferはあったが、弾きそびれたのでノーコメント。
しかし日立市の小平会館にあるインペリアルは今まで弾いたピアノの中で一番素晴らしかったので、個人的に最も評価が高いのがBösendorferであることに変わりはない。が、まあその話はここではあまり関係ないので取り敢えず、擱く。

チェコのPETROFは少なからず期待するものがあったが、思ったほどではなかった。個体差の問題もあるのかもしれない。

国内メーカー製のもので、DIAPASONのグランドが出品されていた。実家にDIAPASONのアップライトがあったことからふと目に留まったのだが、頑張っているらしい。

色々見終わった後、一緒に行った人達とNSビル29Fの台湾料理屋で乾杯。
話が盛り上がり過ぎて、終電が危ない時間になってしまったが、全員無事帰ることが出来た・・・らしい(笑)。
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2010年02月14日

あの頃聴いた音楽:シューラ・チェルカスキー

学生の頃は自由になる金はそんなになかったから、CDが買える月というのも毎月のようにはなく、従ってその頃買ったCDというのは、そんなに枚数はない。
その頃に買った中で大きな比重を占めたピアニストの一人が、チェルカスキーだった。
「アンコールからが本番」と揶揄されたほど、アンコールピースによく使われるロマン派小品の演奏に冴えを見せた。それだけでは飽き足らず、《悲壮前奏曲》と題されたラフマニノフ風の小品を作曲し、これもアンコールで弾いた。そしてアンコール集だけでCDが売り出された演奏家など、古今東西、彼だけなのではないだろうか。

チェルカスキーは、今の多くのピアニストと違い、どの作品も「自分のピアノ語法」で弾き、聴衆を納得させるタイプのピアニストだった。
その「ピアノ語法」がロマン派の作品を奏でる場合、大概の場合、独特の説得力を持っていた。ただ、彼のバッハには納得しない人もいるだろう。
この場合、「ロマン派」とは、古典派との境界付近にいたシューベルトを含む。

未完の作品を除くと、シューベルトのピアノソナタで最も小規模なのは、イ長調 D664。シューベルトの作品では珍しく、ときに苦悩や闇の部分を見せるピアノソナタのジャンルではあるが、この曲は全3楽章を通して明るい雰囲気で書かれている。
チェルカスキーがこの曲を1975年にロンドンで弾いたときの録音を聴いている。
一体どうやって弾いているのだろうと思うくらい、艶やかで美しい、そして優しい音である。特にオクターウ゛のユニゾンの美しさは比類がない。
短い第2楽章は、彼一流の洒脱さとタッチで、見落され易そうなこの楽章の美しさを存分に引き出している。
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2010年02月13日

あの頃聴いた音楽

時代時代によって、聴いた音楽の変遷というものが、誰にでもあるのではないだろうか。
だから「懐メロ」という単語もあるのだろうし、殆どクラシックしか聴かない私にも、それと似た変遷がある。
学生の頃、仕送りを切り詰めて(とはいうが、工学部だったので、アルバイトをするほどの暇はなかった)買ったCDは、チェコ音楽中心の今とは随分違っている。
あの頃によく買ったのは、ピアニストではシューラ・チェルカスキー、アンドラーシュ・シフとラフマニノフ、作曲家ではラフマニノフとシューベルトであった。
シフはライヴが素晴らしく、しかしスタジオ録音しかお目に掛かったことのないCDは、妙に作り込んだ音で、聴く度に期待を裏切られたものだった。
シフが十何年か前に行った、シューベルトのピアノソナタ全曲演奏会のシリーズは、ライヴならではのミスもあるが、それを差し引いても尚、非常に素晴らしかった。
音源化したら良いのにと思うのだが、恐らく本人は品質的に不満なのだろう。

ラフマニノフは、1993年に没後50周年を迎え、その録音が10枚組で発売された他、ピアノロールの録音がCD2枚になって発売された。
物理的意味合いも含めた「ピアノの巨人」・ラフマニノフのスケールを実感出来るものであったが、個人的に特に感銘を受けたのは、バッハ=ラフマニノフの《ガヴォット》であった。
これはバッハの無伴奏ヴァイオリンの為のパルティータ第3番の中からラフマニノフが3曲を選んでピアノ独奏の為に編曲したうちの1曲。最初は大した感想も持たなかったのだが、自分で弾いてみた後に改めて聴くと、そこで初めて彼のピアノ演奏のスケールの大きさ、気品の高さ、堅牢さ等に改めて気付かされた。

シューラ・チェルカスキーは、中学の終わり頃に、ラフマニノフの《コレッリの主題による変奏曲》Op.42 を聴いて以来、就職するくらいの頃まではよく聴いていたピアニストだった。
作品を自らの語法で表現するタイプで、ホルヘ・ボレット亡き後、「最後のロマン派ピアニスト」と言われた。
彼の演奏はブロークンな表現でもあるが、個人的には好きだし、音の美しさは比類がない。
泥臭いロシアものを弾いても、グリーグのソナタ等の北欧物を弾いても非常に様になるのだ。

最も音楽に対して感性のあった(であろうと今にして思う)頃には、そのようなものを聴いていた。
そんな頃に手にしたCDを、これから改めて聴いてみようかと思った。

チェルカスキーの一番気に入っていた録音、数年前に人に貸したら帰ってこなかったので、同じものを探してみよう。。。
#だから貸すのは嫌なのだ(涙)。
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2010年02月03日

バッハ演奏法の本

1月中は痛恨の出来事があったりして、幸せだったのか不幸だったのかよく分からない感じになってしまった。

kenさんのところで紹介されていた、「バッハ 演奏法と解釈」(パウル・バドゥーラ=スコダ/全音)を最近読み始めた。
大分前に買って、しかしバッハを全く弾かない時期に読んでも致し方なかろうという気分もあっての放置だったが、パルティータ2番の譜読みを始めたので。

バロック時代の鍵盤楽器音楽全般にも言えることだが、私がバッハの作品を弾く上で胃もっとも気になるのが、アーティキュレーションとテンポ、デュナーミク、そして装飾音の取扱いである。
バッハは少しだけ習ったことがあるのだが、アーティキュレーションについての指導はあまりなく、装飾音については個別具体的な指示があるだけだった。
多分こういう指導だと、習う方によほど優れた勘か経験がない限り、自分で初めての曲を解釈して手をつけるということが出来ないのではないか、と思ってみたりもする。

その点、この本は使えそうな気がする。
内容的にも、様々な文献や物的証拠に基づき、バッハ作品の演奏に関する諸問題を論じており、実践的内容ながら、単なる演奏解釈本ではなく、立派な研究書である。

この本、全音版であると先に記したが、この手の優れた書籍は、従来は音楽之友社から出版されることが多かった(少なくとも私の目に留まった範囲では)。
ところが、「音楽之友社は、出すのは良いがすぐ絶版になる」という噂がアリ、実際、「古典純粋対位法」(サルヴァトーレ・ニコローシ著)、「バッハの装飾音」(W.エマリ/東川清一・訳)といった近年の優れた著作も既に絶版となっている。これは何とかならないものだろうか。。。

...話が逸れた。
ついでにもう一つ脱線しておくと、先日ひょんなことから占い師にみてもらう機会があったのだが、曰く「あなたは自分のやり方でやって伸びる人だ」とのことだった。
多分、自分が具体的な問題意識をもってそれに動かされない限り、ピアノも習いに行かない方が良いのだろう。
#って、ホントかいな?


...で、そんなこんなの問題意識から読み始めたわけである。
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2009年12月26日

FAZIOLIをみて来た。

ファツィオリというイタリアのピアノに触る機会があった。
このメーカーのピアノ、大分昔に某パソ通で話題になったのが記憶にあって、ちょっと興味があったのだが、最近、知人に「一緒に見に行って欲しい。」と言われたので、せっかくだからと三人連れ立って行ってきた。
クリアで明るい音。突き刺さるようなきらびやかさもなく、良いピアノだった。
イタリアものなんか弾いたら素敵だろう。

4番目のペダルのついた機種があって、これは鍵盤が沈む深さを浅くして、音色を変えることなく、音量を抑え、且つ軽快なパッセージを弾く指の動きを助ける効果があるという(まぁ、弾いたらその通りだった。笑)。
ちなみにこのペダルを踏んだ状態の鍵盤のストロークは、ショパンの時代のピアノのそれと同じだとのこと。

「何か弾いて下さい」と我々三人の首謀者がリクエストすると、応対して下さった米国人の社長さんが、スクリアビンの《欲望》などを聴かせてくれて、個人的にはそっちも楽しめた。が、どうせならレスピーギの《6つの小品》とかの方が更にこのピアノに合ってそうで良かったかも。。。って、をいをい。(^-^;
この社長さん、日本語もピアノも堪能であった。

録音やサロンコンサートにも使用されているこのショールーム、スタジオのように借りることは出来るけど、素人がお気楽にピアノオフ的使い方をするにはちょっと敷居が高い。ただし、コンサートで利用する場合は調律など全部込みで7万円とのことだったので、発表会に使うには良いかもしれない。

FAZIOLI 日本総代理店 ピアノフォルティ株式会社
http://www.fazioli.co.jp/
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2009年09月30日

FIBICH ALBUM I & II

最近、楽譜の古書を何冊か購入したのだが、そのうちの2つである。
チェコ音楽研究家のS先生宅で II の方は拝見したのだが、結局出物があるうちにということで手を出した。

Editio Supraphon社刊行の楽譜であるが、それぞれ、
 I : Copyrightは1949年 Fr. A. Urbánek, Praha
II : Copyrightは1950年 Editio Orbis, Praha
となっている。

I は、彼の連作ピアノ曲集《気分、印象と追憶》からの抜粋、そして II は、FibichがMalátとともに編纂したピアノ教本からの抜粋となっている。

特に I については、《気分、印象と追憶》の全集と底本となる浄書譜が同じであると見られる他、後者には見られない運指が一部に示されている。但し自分で運指をある程度考えられる人には必要のないものだが。
あと、ペダル記号には複数の系統を認めることが出来る。これはおそらく、
 ・元々自筆譜の段階で既に指示されていた物
 ・校訂者の意見として付加された物
などがあると思われる。

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2009年09月06日

マーク・アントニー・ターネイジ:「“トゥルー・ライフ・ストーリーズ(1995−99)”から “チューン・フォー・トオル”」

NHK-FMで、日曜日の18時から放送されている「現代の音楽」という番組で、「−音の現在(いま)〜マーク・アントニー・ターネイジ−(1)」と題して、ターネイジという作曲家の作品を放送していた。

時間の都合で最後の作品しか聴くことが出来なかったが、その作品が、武満徹の死を偲んで書かれたという、題記のピアノ曲だった。

所謂「現代音楽」で、聴き手がピアノから響く音響空間を感じ取る類の音楽だが、僅か2分4秒の短い演奏時間の中にも、単純な哀しみとも違う喪失感(「喪失感」は番組の猿谷紀郎氏の言葉だが、これ以上の表現はちょっとないと思ったので使わせてもらった)に包まれた静謐さを感じさせられた。

静謐さを感じさせる音楽というと、アルヴォ・ペルトの一連の作品が思い浮かぶが、ペルトのような、ミニマリズムや宗教的な雰囲気(キリスト教的な題材であったり、オルガン作品であったり)ということではない。

こういう作品なら弾いてみたいなぁという気もする。
楽譜、出てないかなぁ。。。

...と思ったら、あった!(音源も)
楽譜:"True Life Stories: Five Meditations for Solo Piano" (Schott)
音源: ONYX CLASSICS [ONYX 4005]
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2009年08月14日

2台8手連弾

すぐに使う訳ではないのだが、前に買ったピアノ2台8手連弾の楽譜を引っ張り出してきた。

 ・スメタナ:ロンド ハ長調
 ・エルガー:威風堂々

スメタナのロンドは、Studio MATOUŠ から出ている音源で聴いて知ったもの。このディスクに入っている他の面白過ぎる作品のせいで影が薄い存在なのだが、かと言って退屈なわけではなく、このジャンルの入門編としては悪くないかもしれない。

エルガーの方は、私だと暗譜しないとちょっと辛いのと、アウフタクトの喰い付きで呼吸の合い具合が問われるものの、リズム等々は別にややこしくない。
#が、覚えないと弾けないのだ。(^^;<細かい音符が苦手
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2009年07月25日

モーツァルトの未発表2作品発見 初期のピアノ曲

モーツァルトの初期のピアノ作品が発見されたらしい。
2年半前にも同様のニュースがあった。
前世紀末にベートーヴェンの未発表の弦楽四重奏曲が発見された時もニュースになったが、未だにこういう作品が発掘されることがあるのはおもしろい。
しかし、初期の作品ということなので、もし仮に音楽的価値がさほどでもなかったら、出版されて一般の愛好家の目に触れることもないかも知れない。

asahi.com の記事より転載:


【ウィーン=玉川透】オーストリア・ザルツブルクの国際モーツァルテウム財団は23日、モーツァルト(1756〜91)が若き日に手がけたとみられる未発表作品2点が新たに見つかったと明らかにした。

 地元放送局ORFなどによると、いずれもピアノ曲で、これまで財団で長く所蔵されていた楽譜だという。財団調査部門が鑑定した結果、モーツァルトの初期の作品であると結論づけた。作品の詳細については明らかにしておらず、来月2日にザルツブルクで開く記者会見で実際に演奏、お披露目するという。

 ザルツブルクで生まれ育ったモーツァルトは、幼くしてピアノを弾きこなし、5歳で作曲を始めるなど「神童」として名をはせた。35歳でウィーンで没するまで、オペラや交響曲など600曲以上の作品を残したとされる。

 財団は、モーツァルト作品や遺産の保全などを目的に1880年に設立された。


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2009年07月21日

J. V. ヴォジーシェク

Regisから出ている、"Czech Piano Anthology" というCDセットがある。
これはCD4枚組みで、Fibich, Martinů, Smetana, Voříšek の4人の作曲家の作品が収録されている。このCDシリーズでピアノを弾いている Radoslav Kvapil はチェコのピアニスト。彼に師事したピアニストの知人によると、非常に表現の幅の広い演奏家であるとのこと(例えば、スタッカートだけでも6種類を使い分けるとか)。
この4枚組みの最後が、ヴォジーシェクの作品を収録した1枚となっている。
収録曲は、
 ・「6つの即興曲」Op.7
 ・「幻想曲」Op.12
 ・「変奏曲」変ロ長調 Op.18
 ・「ピアノソナタ」変ロ長調 Op.20

前に音取り程度に浚ったことのある、ヴォジーシェクの「即興曲」第5番を来月弾こうと思い、再び浚い始めた。
「12の狂詩曲」同様、この「6つの即興曲」もすべてTrioで書かれているのだが、5番の中間部のアーティキュレーションとペダリングでどうしたものかと悩むところがあったので、参考のために上記のKvapilのCDを聴いた。

Trioの主要部分では、左手は同じ音をメゾスタッカートで同じ音を連打することになっており、且つフレージングされている。
右手はそのフレージングの途中でスタッカートが入っており、それは左手のフレージングの切れ目とは違うところにもある。
ペダルの指示も若干疑問。現代のピアノで弾くには、この指示だと音が濁りすぎる気がする。作曲者が当時のピアノの残響を前提に書いたものがそのまま載っているのではないかと思う。

...などとゴチャゴチャ考えた末に聴いてみたのだが、Kvapilは素直に右手のアーティキュレーションに合わせてペダルを踏み替えているようだった。
なるほど、それならわかりやすい気がする。
これで5番のTrioに関する疑問はひとまず解決かな。
#後からまた何か出てくるかもしれないけど。

前にこの《6つの即興曲》を通して聴いて、「5番以外はなんかイマイチだなぁ」という印象を抱いていたのだが、6番もよかった。
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2009年05月24日

手が緊張していたみたいで....

昨日はピアノの知人が企画してくれた、ピアノオフ+宴会。
宴会・・・フツーは二次会というが、ピアノ関係じゃない方がどっと増えて、ちょっと様子が違う。だから別物だったりする。(^^;
それはともかく、とっても賑やかだった。

自分が弾いたピアノの方は、「普段はまず落ちたことのないところで落ちる」「ずっと暗譜で弾いていた曲で突然落ちる。しかも楽譜を見ないと復帰できない」「手が練習の時ほどにも動かない」という、練習不足で迎える本番で起きそうな出来事のオンパレード。

まぁ、場数と練習量がどちらも足りてないってことですね。ハイ。(_ _;



事故発生現場のほとんどは、昨日はオプション扱いだった、ノヴァークの《英雄ソナタ》第1楽章。
Ignaz Friedman というピアニストが5年にもわたってリサイタルで弾き続けていた曲だが、私の場合は全然違う理由でやっぱり同じくらいは弾くことになりそう。。。(ぇ

昨日弾いたもの:
Zdeněk Fibich : Nálady, Dojmy a Upmínky (気分・印象と追憶)から
No. 187 Lento non troppo, As-Dur, Op.44-16
No. 372 Come una marcia funeble, f-moll, Op.57-20
Vítězslav Novák : Sonata eroica, Op.24 mov. I 《英雄ソナタ》から 第1楽章
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2009年05月02日

ノヴァーク

実をいうと、私が所蔵するCDを作曲家別に分類した場合、ノヴァークは数の多い方に入る。
元々、音源を買うときは演奏家を絞って買うことが多かったので、一人の作曲家に集中することがあったのは、自作自演が多く出たラフマニノフと、シフの演奏に触発されて聴くようになったシューベルトくらいだった。
直接生では聴けなかったが、シューベルトのソナタを弾きに来日したシフの演奏は凄かった。
CDも出している。どういうわけか、ライブとスタジオ録音では音楽がまるで違ってしまっているのが残念。ステージでの方が個人的には好きだ。
結局、これらは相変わらず演奏家で選んでいることには違いない。

その後手を出したFibichとノヴァークは、必ずしも或る1つの曲に音源が複数出ているわけではないので、純粋に作曲家の名前だけで買った物が多い。

そんな中でも、最近聴いたCDの中で気に入っているのは、

  Vítězslav Novák / Pan
[KVINTA PRAGUE / KV 4008-2]

というCD。
音詩《パン》Op.43 が入っているので聴いてみたかったのだが、他に収録された作品も良かった。
演奏しているのはマルチン・ヴォイチーシェク [Martin Vojtíšek] というピアニスト。
この人は作曲家兼ピアニストであり、師匠がノヴァークと同世代であるという縁で、ノヴァークの作品には一方ならぬ共感を抱いているとのこと。

バラードは、1893年の作品とのことだが、この当時作曲者は23歳のはずだから、そんなに若書きというほどでもない。
ジャケットの解説には "Liszt-like piano sound." などとある。確かにリストばりに派手に聞こえもするが、こういう書法も必然性の伴った表現として受け入れられるほどにきちんと消化されている。少なくとも「技巧のための技巧」には聞こえない。そして、リストなどより陰影の濃い音楽ではないか。
それはそれとして、12歳で父を亡くすなど、幼い頃から経済的には苦労を重ねてきたノヴァークではあったが、ピアノ演奏に関しては十分な教育を受けることができたであろうことが、この作品一つをとっても感じられる。

"Eklogy" とは、「牧歌」という意味だが、これが全て牧歌的な作品かというとちょっと微妙だが、全般的には題名のイメージを損なうものではないと思う。
ただ、それなりに長閑な情景であったりするのだが、一抹の陰というか暗さが常に付きまとっている。
それがノヴァークらしいといえばノヴァークらしさでもあるのだが。



 Vítězslav Novák / Pan [KVINTA PRAGUE / KV 4008-2]
Pan, tone poem Op.43 / 音詩《パン》
1. Prolog / プロローグ
2. Hory / 山
3. Moře / 海
4. Les / 森
5. Žena / 女
Ballada, Op.2
6. Ballada dle Byronova Manfreda / バイロン《マンフレッド》によるバラード
Eklogy, Op.11 / 牧歌
7. Allegretto
8. Jarní píseň. Allegro con anima
9. Andantino innocente
10. V národním tónu. Andante tranquillo. Allegro giocoso

 Martin Vojtíšek - piano
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2009年04月23日

ピアノの近況

最近、実を言うとほとんどピアノに触れていない。
今の自分の場合、理由は多分、先日の自宅PCの故障&買い替えで色々時間が取られたこと、同じ曲がずっと続いていてマンネリ化してきたこと、さらに敢えてもう一つ挙げるなら、本番に追われていないこと、だろう。

ノヴァークもだいぶ長いこと弾いているので、さすがに違うのも弾きたくなってきた。
去年、一昨年はあまりに新曲をやらなさ過ぎたので、今年は(ってももう1/3が終わってしまうが)小品を幾つか仕込んで形にしようかなと思っている。

あんまり何曲も用意すると挫折しそうなので、当座の目標は、
 Z. Fibich: 《気分・印象と追憶》 Nr.239 Op.47-35
 V. Novák : 《冬の夜の歌》より「月の夜の歌」Op.30-1

くらいにしておこう。(^^;;;
12月の初めあたりに2曲目が仕上がっていればよし、ということで。
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2009年04月01日

ピアノの話が・・・

3月は、とうとう1本もないまま終わってしまった。
「看板に偽りあり」だったなぁ。。。

かといって、別に弾くのを止めてしまったわけでは勿論ない。ここでしつこいくらいに取り上げている《英雄ソナタ》に相変わらず取り組んでいるほか、久しく顧みなかった小品も、最近少しづつ弾き始めた。
昔弾いた曲なんぞも忘却防止のためにちょろっと弾いたりもするのだが、流石に嘗て惚れ込んで手を出しただけあって、今改めて弾いてもやはり「いいねぇ。(^^)」である(笑)。
...そこらへんの話もおいおい書いていけたらなぁと思いつつ。

その他、昨年末から、ピストン/デヴォートの「和声法」を読んでいる。
藝大和声を学んだ人には和声記号等、ある意味大味で馴染みにくいかも知れないが、なかなかの良著である。
実在の音楽作品の分析が教程に入っているなど、実践的。
よく、和声法の教科書の問題として、実際の作曲や(演奏のための)和声分析からかけ離れていて、実用の場面とうまく結びつかないという指摘を聞くが(私の場合は独学ではあったが、実際それは感じていた)、そういった「隙間の部分」を割りとこの本はカバーしているように思える。
ただ、何の予備知識も持たない人がいきなり読んで手に負えるかというと、その辺は多少疑問が残る。

あと、この本に紹介されていたので、バッハの「371のコラール」の楽譜を入手して、読んだり分析したりという用途に使っている。当然音に出さないと勉強にならないので、これは同時に初見練習にもなっていたりする(笑)。
基本的に多声音楽なので、ブラームスの「51の練習曲」なんぞを浚った効果がこんなところで確認出来たりしている。
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2009年03月11日

ワーグナー=グールド《夜明けとジークフリートのラインの旅》

「夜明けとジークフリートのラインの旅」ワーグナー作曲、グールド編曲

暫く前に、ルイ・ローティのピアノで聴いたのだが、これはなかなかドラマティックで、耳を惹き付けるものがある。

ワーグナーに対しては、ブラームスと対立した経緯もあり、食わず嫌いなところがあるのだが、私の好きな作曲家・嘗て好きだった作曲家には、ワグネリアンが多い。
例えば、ドビュッシー、フランク、シェーンベルク、スメタナ、フィビヒなどがそう。
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2009年01月11日

ショパン手稿譜ファクシミリ全集

...というのが出たらしい。
本郷のアカデミアで取り扱っている。
https://www.academia-music.com/academia/r_chopin1.php

アカデミアは品揃えのいい楽譜店だが、態度の悪い店員がいて、カチンときたことも一度や二度ではない。なので、個人的にはなるべく利用しないようにしている。
が、こういうものがいち早く出てくることもある。

25万もあれば一通り買えるようだ。
円高・ユーロ安だし、もし買うなら今がチャンスかも知れない。
楽譜の解釈にこだわるなら、自筆譜を一度は見ておくべきだろうし。
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2009年01月10日

Zd. Fibich 《絵画の練習曲》 Op.56

D-Durにて。
D-Durでもなかなか耳にしない、Zdeněk Fibichの《絵画の練習曲》 Op.56を放送していた。
Fibichのピアノ作品の中でもちょっと毛色の変わった雰囲気の曲で、ある種の「垢抜け感」のようなものがある。
この作品は美術作品からのインスピレーションを音楽にしたものだが、どうもパリ時代に感じた空気感とか、そういったものの影響も現れているのではないか、と思ったりもする。
この作品については過去にこんなページを書いたことがある。
2002年の9月末だったから、もう大分前のことになるが、かといってこの作品に充分に深入りしたというほどでもない(色々読まなきゃいけないものとかあるもので・・・涙)
あんまり耳にする機会のないこの作品だが、Regisという復刻版専門らしいレーベルからCDも出ている。これは今日の演奏者とは異なるが、Radoslav Kvapil というチェコのピアニストが録音して、これも演奏としてはなかなか良い。
レッスンを受けたことがあるというピアニストの知人によると、Kvapilはなかなか凄いピアニストらしい(日本では殆ど知られていないけど)。
同じチェコのLapšanskýは私も録音や生で聴いて、ビックリするような演奏家だと思ったが、Kvapilと比べれば、まだまだ「ペーペー」なんだそうで。。。
話が逸れたが、今日のSvoboda の演奏は、生気もあり、Kvapilのものよりも硬質な音なので、そういうのが好きな向きには良いだろう。


15:19 - Zdeněk Fibich: Malířské studie op. 56. Cyklus skladeb pro klavír
Lesní samota; Spor Masopustu s Postem; Rej blažených; Jo a Jupiter; Zahradní slavnost; Hraje Pavel Svoboda (klavír).(32 min)
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2008年12月21日

フィビフ 《気分・印象 そして追憶》No.187 Op.44-16

...をやってみて。

この曲は、ほぼ固執低音と言っていい。いや、固執リズム。いや・・・
まぁそれは兎も角、似たようなバス音形が、曲中を通して繰り返される。
正直なところ、だから「覚えるのは割と負担が少ないのではないか」と思っていたのだが、いざやってみると、そのために思わぬ落とし穴があったことに、後から気付いた。
序奏にあたる、出だしの4小節のテンポを間違えると、その後がどうにもならない。
つまり、途中でテンポの変更が利かない。ラヴェルの《ボレロ》と同じ理屈であり、同じ難しさが、この曲にはあった。

私自身の感覚で序奏を基準にすると、その後が遅くなりすぎるので、主題が始まった後と同じテンポを序奏から保たねばならず、それがまた意外に難しい。
これほどテンポで悩まされた曲も、今までになかった。

とか何とか言いながら、今日は打ち上げ後で結構酔いが回っているので、この辺で(爆)。
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2008年11月30日

フィビフ 《気分・印象 そして追憶》No.187 Op.44-16

《気分・印象 そして追憶》[Nálady, Dojmy a Upomínky] は、全部で376曲、4つの作品番号からなる、チェコ国民楽派の作曲家・ズデニェク・フィビフ [Zdeněk Fibich / 1850-1900] のピアノ作品のなかでも最も規模の大きなピアノ作品である。
ただ、「規模」といっても、マリアーン・ラプシャンスキーが弾いた全曲を収録したCDが全部で12枚分。演奏時間は勿論800分を越えるから、もう「規模」などという話は、この際どうでもいい世界だとも言える(笑)。
Nálady, Dojmy a Upomínky, Op.44-16(No.187)
それはさておき、実は今この表題の曲を練習している。
フィビフの曲で肩凝りなど今まで一度もしたことがなかったが、この曲に限っては、左肩がちょっと疲れる。
恐らく、1小節で1オクターヴを越える音域を移動させていながら、その音形の中に4と5の指の間が半音しかない部分がある為、結構な負担が手首から肩に掛けてきているからなんだと思う。

もう一つのこの曲の難点は、(三部形式の)中間部が、簡潔な譜面(ふづら)ながら非常に覚え難い。もう写譜などしなければならないのではないかという勢いである(この際、写譜くらいはやろうと思っている)。

残念なことには、この曲は絶版になってもう何十年にもなるようで、今のところ、取り扱ってくれる出版社はない。
「フィビヒ ピアノ作品集 [気分、印象と思い出]」(伊藤仁美校訂/全音)にも収録されていない。

写真は、チェコ国立図書館(プラハ)の蔵書のコピー。
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2008年11月29日

探していたもの・いなかったもの(続)

自宅PCのマウスが壊れてしまい、どうにも操作がもどかしい(涙)。
新しいのは明日買ってきます。。。


ホルストが諦めきれなくて、その後もう少し探してみたのだけれど、まだ見つからず。
その代わりというわけでもないが、以前編曲しかけた楽譜が出てきた。
12段の五線紙なので、second, primoの間と次の段との間にマージンを取ると、1ページに2段しか書けず、弾く時のことを考えると、かなり「やってられない度」の高い譜面(ふづら)になってしまっている。
いずれにせよ、これは18段の五線紙で書き換えてしまいたい。
それだけなら原曲のスコアを探しながらでもいいのだが、このままの譜割りだと、primoとsecondで鍵の取り合いになる場所が結構あって(つまり、編曲がショボいってことだ。涙)、そこいらへんもどうにかしなければならないことも考えると、やはり原曲のスコア探しが先だ。。。

そのようなことで探し物をしている最中、今年買ったFibichの交響曲第2番のスコアをちょっとそこら辺に置いたら、何度も仕舞い忘れてしまい、未だにピアノの譜面台に載ったままになっている。
Fibichの交響曲第2番は、作曲者によるピアノ連弾版が既に出版されている(Fr. A. Urbánek社版 1893年 U.772)のだが、私がお目に掛かったのは、"FIBICHOVÁ ČÍTANKA"FIBICH読本)という本に収録された第2楽章のみ。第1楽章は兎も角、第4楽章はちょっとやってみたい気もする。尤も、作曲者自身(←ピアノ連弾曲作家としての腕前もなかなか素晴らしい)による編曲版が見つかったりしたら、途中で止めたくなることだろうが。
posted by D(各務) at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ