2007年12月26日

振り返ると

今年も残すところあと少し。
去年は年賀状ではなく喪中葉書きを準備していた為に、動き出すのは11月と早かった。その影響もあるのか、今年は例年になく早くに年賀状を出してしまった。大掃除も大してすることがないために、あと2日働いたらもう休むばっかりである。こんなに落ち着いた年末年始もそうはなかった。

さて、今年は「こんな酷い年が、今まであっただろうか」と言いたくなるような一年だった。勿論良いことも他人に感謝の気持ちを抱く機会もあった。しかしそれらの出来事があっても尚、暗澹たる気持ちにならざるを得ないことがあった。
・・・しかも残念ながら、このような気持ちで年末を迎えるのも、これで3年連続となってしまった。

抱えている問題の幾つかは自助努力で確かにクリアしてきたが、残る幾つかには光明が見えない。
宮城谷昌光は、その著書「楽毅」の中で、人は不遇の時こそ努力をして力を付けなければならないという趣旨のことを云う。そうして次に必ず立ち上がるためにはまず、途を照らす「光明」を自ら見出すことが出来なければならないと思うのだが・・・
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2007年12月23日

W杯ジャンプのニュース記事を見て思い出した、関係のないこと

http://mainichi.jp/enta/sports/news/20071224k0000m050089000c.html
ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプは23日、スイスのエンゲルベルクで個人第7戦(HS137メートル、K点125メートル)を行い、ヤンネ・アホネンやマッティ・ハウタマキ(ともにフィンランド)の連勝記録に並んでいたトーマス・モルゲンシュテルン(オーストリア)は246.6点で3位に終わり、開幕からの連勝は6で止まった。(毎日jp)

んだそうで。
スキー自体はあまり関心はなかった(ゴメン)のだが、「モルゲンシュテルン」の名前をみて、ふと「鼻行類」の論文を思い出した。
「鼻行類」というのは生物学の論文として書かれていて、日本語訳も出ている。論文然として書かれてはいるが、内容について真面目に真偽の程を詮索をしてはいけない、というのがこの手の書を扱う際のマナーというか慣習らしいので、ここでその辺のことは詳しくは書かない。
「鼻行類」の冒頭に、詩が掲げられていて、これがどうやら史上初めて「鼻行類」に関する記述ということらしいのだが、その詩を著したのがクリスティアン・モルゲンシュテルンという人物であった。

私は「鼻行類」の存在を高校生の頃に知り、こそっと買ってきて読んだものだったが、なかなか興味深い内容だ。それぞれの種の挿絵が描かれているが、モルゲンシュテルン・オオナゾベームなど、可愛らしいものもある。

こんな本:
書名:「鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活」
著者: ハラルト・シュテュンプケ
訳者:日高 敏隆/羽田 節子
出版:思索社

但し上記は絶版のようで、現在は同じ訳者によるものが「平凡社ライブラリー」から出ている。
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2007年12月19日

品達ニ連荘

「今日はNGNのレビューも終わったし、さっさと帰ろう・・・」
と帰り支度をしていたところ、後ろの席の人が「ラーメン食いに行かない?」と話し掛けてきたので、乗った。
この近辺でラーメン屋といったら、まず品川駅高輪口ガード下の「品達」か、その道路を挟んでほぼ向かいにある「風神ラーメン」くらいである。あとロータリー前の屋台もあるか。
まあ兎に角、今日は「品達」である。
・・・品達は昨日も行ったが、昨日は丼の方だったし、まぁ良いか。

「品達」は、2,3年ほど前に「ラーメンの達人七人衆」の触れ込みでラーメン屋7店とお土産店が開店し、後に丼五人衆の方も開店した。
開店当時から、人気店は行列に並ばないと入れないほどの人気で、今日もこの寒い中、行列が出来ていた。
品達もテナントの入れ替えがあり、今日入った「TETSU」は、その入れ替えで新たに出店した店だ。
「TETSU」は行列が出来る店で、「事前に食券を購入の上で並んで下さい。」という意味のことを書いた張り紙が所々に張られている。
メニューは「つけめん」「辛つけめん」「あつもり」「煮干しそば」などがあり、それぞれ「並み」「大盛り」「特盛り」がある。
#多分「煮干しそば」だけはつけ麺ではないのだろう。

3人連れで行き、私は「辛つけめん」で、後の2人は「あつもり特盛り」「辛つけめん大盛り」であった。ちなみに「あつもり」を頼んでも、当然ながら織田信長が扇子を持って現れて「人間五十年 下天のうちにくらぶれば・・・」と舞を見せてくれる訳ではなく(それは「敦盛」!)熱いつけめんが出てくる。
「辛つけめん」はどうせ冷たいのしかないのだろうと思っていたら、熱いのと冷たいのどっちが良いか訊かれ、どちらでも好きなほうで出して貰える。

具は割とシンプルであったが、「これでもか」と言わんばかりの濃厚な煮干しだしが効いている。「濃厚且つサッパリ」というのは魚でダシを取ったから出来たことだろう。ちなみに「辛つけめん」は、まるっきり辛くなかったので、辛いものが苦手な人でも何とか食べられるのではないだろうか。二口ほど口にして味を確かめた後、同僚が目を剥くほどに唐辛子を投入したが、それでも辛さについては大した事はなかった。う〜む。

尚、同僚が油(名前は失念)をオプションに追加していた。もう一人が「サッパリに油入れちゃうの?」と言っていたが、食べた方によると「これはアリだ!」とのことだった。
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2007年12月18日

品達「伝説のすた丼屋」

今日は帰りが中途半端な時間だった。
晩飯を帰り着いてから摂ったのではちょっと遅いと思ったので、職場から品川駅に向かう途中にある、所謂「品達」の中の一軒、「伝説のすた丼屋」に入った。
注文は「ナスピーマン丼」。味噌汁がついて一杯700円也。
充分美味いし、豆板醤が好きなだけ使えて、しかもボリュームがある。普段食事量を少なく抑えている私には多過ぎたくらいだった。
こういうの、嫌いじゃないけど、余程腹が減っている時以外は止めておこうと思った。

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2007年12月06日

ETCカード

今日は休みを取って、いろいろ用事をこなしてきた。
最後はETCカードを作りに。

ETCは銀行でもカード会社でも、一定条件を満たせばどちらでも申し込みが出来るのだが、実際に運用しているのはどちらの場合もカード会社だということが、最近調べてやっと分かった。要するに、銀行でETCカードの申し込みをするには、銀行のキャッシュカードでも、カード会社と提携しているカードが必要、と。
そんなわけで、最初考えていた銀行で契約する案はナシになった。
何故ならそういうのは別のカード(NIFTYに入るときに作った)で既に持っているし、これ以上カード会社と契約しようと思っていないから。

「仕方ないなぁ」と思いつつ、契約している某カード会社のサイトを見に行ったら、なんと窓口に行けば即日発行してくれるというではないか(その「窓口」は、最寄り駅前の百貨店にもある)。
ということで、速攻で発行してもらった。

あと、ETCカードとキャッシュカードが1枚になって便利になったら嫌だなぁと思っていたのだが、そんなことにはならなかった。よかった・・・
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2007年11月26日

某ウェブブラウザの馬鹿さ加減には呆れる

「コンピュータはあくまで道具であり使うものであって、振り回されるべきものではない」というのがMac使いだった頃(今は過去形だが、また近く復帰するつもり)からの信条なので、ここにもなるべくパソコンの話題は書かないようにしている。
が、たまにどうしようもないことに遭遇すして辟易したときなどは、今後もこうやって書くことがあるかも知れない。

・・・・

私はここの他に自前のwebsiteを持っていて、これを編集するときは、手打ちでHTMLを記述する。
先日も家系図を作ってUPしたのだが、どうもMSIEで表示したときの<pre>タグの挙動が宜しくないことに、後から気付いた。
普段はMozilla系のブラウザしか使わない為に、MSIEのことを考慮し忘れていたというのもあるのだが、まさかこんなところで表示に不具合が生じようとは予測もしていなかったので驚いた。
<pre>タグは「整形済みテキスト」表示の為のタグであるから、ブラウザとしては書いた通りに表示してくれなければならない。
こういう場合、等幅フォントを前提とするのが普通だ。蛇足な気がしつつもスタイルシートで、<pre>タグに、敢えて明示的に等幅フォントとなるようにclass指定してやった。ソース編集に使っているテキストエディタも元々等幅フォントで表示させているから、違う表示になる筈がない。
実際、Mozilla系であるSeamonkeyやFirefoxではその通りに表示されて何の不満もないのだが、MSIEではそうは行かない。
この場合、「コンピュータ上の設定を変えれば直る」というのは当然のことながら解決策ではない。
馬鹿らしさを禁じえないながらも色々やってみると、どうやらスタイルシートで<pre>に対してフォントサイズ10ptを指定してやると多少はマシになる事が分かった。然しこれでもズレるところがある。勿論根本的解決ではない上に、「小さくて見づらくなる」という新たな問題を抱えることになるため、この案は却下せざるを得ない。
MSIEで表示したページを見ると、ずれる行とずれない行というのがあるのだが、ずれが生じる法則性のようなものがまるで見えない。
 ・半角・全角の混ざり具合は関係がない
 ・行の長さは関係がない
 ・チェコ語文字を使ったかどうかは、ズレとは関係がない
 ・全く同じ内容であっても、ズレが生じる行と生じない行がある
 ・問題になったページの場合、ずれる行は必ず半角3文字分、左に寄ってしまう。

という具合。どうせえっちゅうねん。。。
もう放り出したい気分だが、自分で作っておいて匙を投げるというのもあんまりな話ではある。
何か良い方法はないものか・・・・

問題のページ:Fibich家の家系図
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2007年11月24日

一保堂のお茶

年の瀬にかこつけて人にお礼のモノを贈ったり、小中学生のハトコに本を贈ってやろうとか考えていたので、池袋へ。

ちなみに礼物の方は、年末年始に普通に必要なものをお贈りすれば良いと思うので、何とか目処はつく。しかし子供達の本の方が厄介だ。中3の女の子と小学生(今年5年生・・・だったかな?)の2人なのだが、上の子は絵を描くのが好きなので、絵画の技法の本とか画集とかで良さそうなんだが、野球に夢中な子には一体何を贈ったものだろう。
「野球の本とかは多分読まないだろうし、だったら凧の本でも」と思ったのだが、ジュンク堂ですら、あの年頃向けに「これはイケてるなぁ」と感心するようなものは1冊もなかった。

そんな感じで、西武やらジュンク堂やらで色々見て歩くも決定打がないし、今週末は別に下見モードで良かったので、自分用の煎茶だけ買って帰った。
一保堂は、祖母の好きだったお茶の老舗で、3年程前、祖母が名古屋の孫(つまり、私の従姉)にわざわざ頼んで送って貰ってまで欲しがったものだった。
その後で知ったことだが、池袋の西武でも東武でも、ギフトのフロアに一保堂が店を出している。いつか買ってみようと思っていたが、その「いつか」が今日になった。

祖母が入院中や老人ホーム住まいだった頃は、自分でお湯を沸かしてはいけないことになっていた。なので、私が行くと、いつも水出しの抹茶(祖母は名古屋の孫に抹茶をリクエストしていた)をいれて飲んだ。
祖母が当時、本当はお湯でいれたのが飲みたいと思っていたのは間違いないが、こればかりはポットを持ち込めない以上、どうにもならなかった。

・・・そんなことを思い出しつつ、いれた。
普段飲んでいた安茶とは、茶葉が随分と違う。湯を入れてもグズグズに崩れたりしないし、湯飲みに注いでからも良い色合いで出過ぎるということがない。
そして少々長めに蒸らしても渋くならず、美味い。
きっとこんなのを飲みたかっただろうなと思いつつ、遺品である急須と湯飲みで、私がそのお茶を頂いている。
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2007年11月18日

暗示的な夢

昨晩の夢を書き留めておく。


秋だか春だか不明だが、外はYシャツ1枚でそこそこ過ごし易い。昼間のとある場所の2階で、私はスーツを着て机に向かって座っていた。
私はどうやら会社で仕事をしている場面らしいが、そこは現実の私のとは違う業種の違う会社のようで、身に覚えのない場所で見に覚えのない業務をこなしているようだった。

何かの用で階下に降りると、何故かそこに昔の恩師がいた。何かの用があって来たらしいが、何の用かは訊かずじまいだった。
相変わらずハードワークをこなしているのか、昔と同じように目の下には隈が出来て立っている様子もヘロヘロで今にも倒れそうだったが、場所柄なのかタバコは我慢しているようだった。
「全然変わってないなぁ」と思いながらも、色々あって声を掛け難い。しかし知らん顔は勿論出来ないから機会を窺うのだが、意外にチャンスがない。というのも、恩師の教え子(私よりも下の世代で、私も知らないような連中)が結構いるらしく、恩師はしょっちゅう誰かに声を掛けられていたからだ。

漸く経って、恩師が独りになったところへ、やっと声を掛ける。
挨拶をしたり年来の無沙汰を詫びたりしているうちに、恩師の顔の派手な傷に気付く。複数の縫い傷で、それらはどうやら半年から1年くらいは経っているように見えた。
「先生、それ、どうされたんですか?」と遠慮がちに言うと、恩師は無言で外へ誘った。
2人で外を暫く歩くと、すぐ近くに線路と踏み切りがあり、黄色い電車(私には、西武線の電車のように見えた)が脱線して斜めに傾いていた。そこで立ち止まった恩師は踏み切りを指差して話し始めた。騒音で全部は聞き取れなかったが、兎に角何やら止むを得ない理由があって、遮断機の降りた後、この踏み切りに立ち入ったということのようだ。それも、本人以外の人物のことが出てきていたので、少なくとも自殺を図ったとか、そういう話ではないらしい。
私と恩師は、その場所はそれで立ち去った。

歩いているうちに、別の建物の廊下を通った。
そのあたりで、私の同期だった奴の話などをしているうちに、何故か近くの部屋の半開きになった扉の向こうから、電気ショックで心臓マッサージ(っていうのかな?)をしている様子が見えた。
「なんですかこれ?」と訊こうとして振り返ると、恩師の姿はもうそこにはなかった。「足音もなく急にいなくなるなんてことがあるかい」と思って建物をぐるっと一周したが、結局恩師を見つけることは出来なかった。


ちなみに、出てきた風景・人物共に、恩師以外は何一つとして見覚えのあるものがなかった。こういう、恐くも楽しくもない夢というのは、初めてかも知れない。。。
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2007年11月06日

家系図の書き方

チェコ語で書かれた、Fibich家の家系図と夜な夜な睨めっこしている。
日本で家系図といえば、一番目にするのは、歴史モノのTV番組などにしばしば出てくる、天皇家や、それに連なる家柄、或いは江戸時代までの大名家等のそれではないだろうか。
日本のものは、親子関係・婚姻関係を線で結んで表現することが多いので、割と関係が見易い。

しかし、今目の前にしているものは・・・まぁ上が先祖で下が子孫の向きになっているのは日本のものと一緒だが、続柄が見難いこと見難いこと。どんな書き方か、言葉で書くと難しいが、
 ・親の名前の下に大括弧(開く)があり、その括弧の中に子供等
  の名前が全部入っている。そのまた子が居れば、その更に下に
  大括弧(開く)が書かれ、その下に子の名前が・・・という
  具合。

 ・婚姻関係は、相手が大概本人の下に書かれている(頼むから横
  に並べて書いて線でも引っ張ってくれ、と思ってしまう)。
  更に、相手が複数(当然ながら一夫多妻ではなく再婚)居る場
  合、矢印が引いてあったりなかったりして統一されてない。

 ・名前の他にも色々書いてあるが、日付け以外で一番困るのは、
  それが職業なのか勤務先なのか居住地だったのか苗字なのか
  何だか良く分からないものがあること(まぁ、これは基礎知
  識がもっとあれば話は別、かも知れないけれど)

 ・何ら特段の説明もなく、記号が色々使われている。尤もこうも
  当然のように使っているところからして、チェコ辺りではこれ
  だけで充分説明不要な慣習化されたものかも知れないが。
   *:生年月日
   †:没年月日
   ψ:婚姻相手の名前(いれば)
   Θ:結婚年月日(本当の記号は丸に点)

...ってな具合でまだ消化不良ではあるが、もう少し頑張って読み切ってしまいたい。
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2007年11月02日

東京ガスのガス展のCM

前半は、歴史上の人物が何故かクローゼットから出てきて部屋の主に何かやらせるいつものパターン。前に出ていた織田信長は、部屋の主とツーショットで撮ったプリクラを貼った印籠を記念に残し、「達者でな」と言い残して、本能寺に「戻って」いってしまった・・・。今はノーベルが吹雪と共に凍えながら出てきて(中で吹雪なんて、どんなクローゼットやねん!)「暖房入れてくれる?ノーベル賞あげるから」という。
それに続いて、火グマのパッチョくん(というキャラクター、らしい。『火グマ』は勿論『ヒグマ』から取ったのだろう)が、ガス展に行くシーン。
「おひさ〜ん。今年もガス展に行くぱっちょ〜。」「ガス・てん・ガス・てん・ガス・てん・ガス・てん・・・ナヌ? ん゛ん〜?(ここで股の間から顔を覗かせる。後ろからついて来る見知らぬ動物達に気付いた、ということらしい)   お先にパッチョ〜。ひひひひー(火火火火ーという意味か?)。」と言って、パッチョくん達は勢いよくガス展の展示場に消えていく。
何だか訳が分からないうちに終わってしまう。

そういえばパッチョくんの顔、目・鼻・口で、漢字の「火」の字にみえますな(笑)。

東京ガス : CM
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2007年10月30日

掲示板とSPAM投稿

今月(いや、若しかしたら最悪は8月くらいだったかも)やった本家サイトのメンテの際に、誤って掲示板に書き込めなくしてしまっていたのに気付かず、3日ほど前まで放置してしまっていた。

元はフリーで配布されていた掲示板スクリプトを使っているのだが、SPAM投稿を排除する為、何重にもチェックを掛けるように改造し、今では結構厳しい条件をクリアしないと書き込めないようになっている。
真っ当な記事が投稿されたときにすぐ気付くようにするため、投稿時にメールが管理人宛てに届く設定にしてあるのだが、これをSPAM判定された投稿の場合にもメールを発信するようにしてある(但し運用の都合上、別のアドレス宛てとしている)。

このSPAM判定された記事の投稿時に飛ぶメールだけで、1日1,2通は必ずある。ということは、1週間で約10〜20通くらいはコンスタントにSPAM投稿が掲示板に投稿されるわけで、ノーチェックで書き込めてしまった場合、正常な掲示板の運営をするために、管理人としてはうんざりする量の投稿削除を行うことになる。
なるほど、個人や団体のウェブサイトから掲示板がどんどんと消えていく訳である。

今、試行錯誤を重ねて決めた投稿制限だが、ここ数ヶ月の間にSPAM投稿がすり抜けていったケースはないが、それだけに真っ当な投稿をしようとしたのに投稿できなかったというケースがあったかも知れないことを思うと、そういう人には勿論申し訳ないし、そういう自衛策を講じなければならない現状には腹立たしさも感じる。

今は色々複雑なことをやっているが、余所には投稿キーを記事と一緒に入力させたり、投稿者のプロフィールを予め登録しなければ投稿出来ないようにしているものなどがあって、やり方としては良い方法だろうと思う。
そんなわけで、そのうち掲示板スクリプトの乗り換えなんてことも考える時期がくるかも知れない。


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2007年09月29日

キスする殺人者が死刑に − 中国の事件

凄い記事が載っていたので、思わず天才転載。
明示的に引用であることを示しておきますが、問題あるようでしたら本記事へのコメントとしてご連絡下さい。適切に対処します。

引用元:http://news.www.infoseek.co.jp/topics/world/n_china5__20070929_3/story/20070929hochi083/


浮気した彼氏に死のキス…毒薬カプセル口移し (スポーツ報知)

 浮気もキスも命がけ−。交際相手の浮気に激怒し、キスの際にネズミを駆除する「殺鼠(さっそ)剤」入りのカプセルを“口移し”で飲ませて死亡させた中国人女性が、死刑判決を受けたことが28日までに分かった。地元紙のシャンハイ・デーリー紙が伝えた。2人は浮気をした場合、死ななければならないという約束を交わしていたという。

 「Kissing killer gets death」(キスする殺人者が死刑に)−。27日付のシャンハイ・デーリー紙に衝撃的な見出しが躍った。

 同紙によると、女性は1月8日、長年にわたり交際していた男性が他の女性と楽しそうに話し込んでいる姿を目撃。2人はどちらかが浮気をした場合、「死んで償う」という何とも物騒な約束を交わしていたが、女性は詳しい事情を聞くことなく、この男性が浮気をしたと勝手に断定。女性は約束を実行しようと、ある計画を思いついた。

 翌日。女性はネズミを駆除する殺鼠剤を用意したカプセルに混入した。

 女「乾杯しましょう?」

 男「ああ」

 数時間アルコールを飲み続ける2人。

 女「いいムードね。私にキスして? 熱いキスを」

 男「うっ…」

 女性はキスの際、巧みに口移しでカプセルを飲ませ、男性を殺した。計画的かつ巧妙、そして残忍と判断した裁判所は女性に極刑を言い渡した。 軍事評論家の神浦元彰氏は、今回の殺人をこう分析する。「相手がめいてい状態であれば、簡単な話です。飲み物と一緒にカプセルを口の中に入れ『口移ししてあげるわ』と誘惑するだけですから。カプセルに毒を入れ、飲ませる方法は昔からありますね。小説や映画からヒントを得たのではないでしょうか」。

 また世界の犯罪事情に詳しい元警視庁刑事の北芝健氏は「中国では小さなころから女性に毒の耐性を作った上で、膣(ちつ)に毒を塗り込み、男性と性交し、殺す方法があります。男性は尿道から毒を吸収し死んでしまいます。また、性交中に男性のスキをついてこう門に毒入りカプセルを投入する方法もあります。これはかなりの荒業ですが、オーラルセックス中に口にカプセルを含み、尿道から毒を入れる方法もあります。ま、日本で私が実際に捜査をしたことはありませんが…」と語った。

[ 2007年9月29日8時00分 ]



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2007年09月18日

食べるのに困る。。。

金の問題ではない(笑)。
大琉は閉店してしまうし、もう一軒、(2,3年前の一時期、胃を悪くしてから、美味しいうどんが食べられるところということで)よく通った蕎麦屋もその1,2ヶ月前に閉店してしまっていた。
まさか毎週近所の寿司屋に通うわけにもなるまいし、今のように、仮にその気があったとしても週末くらいしか食事を作る時間のないような生活では、家でまともに食事を作るわけにもいかないし、ということでかなり困った状態になっていた。
今日は仕方なく、最寄り駅(っても自宅から20分くらいも歩くが)から線路の向こう側の商店街へ足を伸ばした。
この辺りには、博多風のとんこつラーメンを出す「饅頭屋」(←結構美味い)などがある。行くのはラーメン屋でもいいのだが、食べたいものはご飯物だ。
駐輪された自転車の多さに辟易しながらも尚商店街を暫く歩くと、刀削麺荘と陳麻家が目に入る。
前に何度もこの辺を歩いているのに、何で今まで気付かなかったんだろう? 前にここらを歩いたのは昨年10月頃だったから、もし私の注意力が致命的になかったのでなければ、この約1年弱の間に開店したんだろう(と、勝手にそういうことにしておく・・・苦笑)
陳麻家は中目黒にもあって、陳麻飯(所謂「麻婆飯」)が好きなのだ。(が、以前一緒に仕事をしたことのある、四川省出身の中国人は、ここの麻婆飯は好きじゃないと言っていた。何が違うのだろう?)
まぁ、週末の夜だけだし、暫くはこの辺に出没することにしよう(苦笑)。。。
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2007年09月12日

「大琉」閉店

2,3年くらい前から、週末の晩飯時にしばしば足を運んだ中華料理屋があった。店の名前を「大琉」という。
先日の日曜にも行ったのだが、帰り際、出入り口の引き戸に、9月11日を以って閉店する旨張り紙がしてあった。
驚いたが、既に身体は店の外に出掛かっていて引き返すのもなんだったので、取り敢えずその場は帰り、昨日(10日)再び行った。
話を聞くと、アルバイトが見つからないまま2ヶ月くらい経つことが理由だという。マスターだけでは流石に店が回っていかないのだろう(普通、そうだわな)。
いつも7時くらいに来る手伝いのお兄さん(多分私よりちょっと若い)が一人居るのだが、彼は掛け持ちで来ているので、余りこのような状況が続いてしまうと体力的に厳しいとのこと。普通に会社員をしてから来るのだとしたら、何時までやるのか知らないが9時10時で帰ることはないだろうし、それなりの時間まで働くとなると、これは毎日できることではないだろう。

マスターが沖縄出身ということで、ゴーヤーを使った定食メニューが3つほどあること、 BGMにNHK-FMを流しているので、日曜に私が行く時間には大概クラシックがガンガンに流れているということの他は、特に何が風変わりであるというでもない、至って普通の中華料理屋であった。が、定食が口に合ったこと、変な客が居合わせることがないこともあり、割と気に入っていた。

いつも定食ばかり注文していたので、昨日はネギチャーシューメンを注文してみた。
「ラーメンじゃ栄養偏るから・・・」というのがラーメンを注文しない唯一の理由だった。それが昨日に限ってラーメンだったのは、「最後だから」というのと、ラーメンを殆ど注文しなかったという、多分本当は感じなくともよいであろう、かすかな罪悪感があったからだが、食べてみて一つガッカリしたことがあった。
チャーシューが美味かったのだ。
知っている限りでも美味い店は何軒もあるが、その中でも美味い方に入る。
そんなわけで、「何でこれをもっと早くに食べておかなかったのか。」等と思いながら、食べ終える。
いま少し、マスターと話をし、会計を済ませた後、マスターと前述のバイト(?)のお兄さんに「お元気で」と挨拶して、店を出た。

今日のこの時間、そろそろ最後の閉店の時間を迎えているだろう。
お二人とも、お疲れ様でした。
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2007年09月07日

台風9号

関東地方に東から進入してくる珍しい台風。
規模は普通らしいが、関東の住人としては、関東を直撃すること、速度が遅いことと、勢力が衰えていない状態でやってくるなどのことがあるので、特に注意が必要という話であった。

首都圏は夜になって軒並み電車も運転を見合わせてしまった。まぁ早く帰って良かった。。。

そんなこんなで出来た時間で、先日日本チェコ協会/日本スロバキア協会から届いた会報に目を通す。関西チェコ/スロバキア協会が毎年10月頃に開催しているセミナーが今年もある旨掲載されている。2年振りくらいにまた行ってみたいが、行けるだろうか?
#時間の有無、ということも含めて、ということだが。

話は変わるが、このblogのデザインを、最初の頃のものに戻した。
やはりこの方が見やすくて良い気がするので(笑)。
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2007年09月02日

消えたサイト

3,4年程前、当時闘病中だった友人から教えられた、癌患者のためのコミュニティのサイトがあった。
今日、たまたま見に行ったら、そのうちでも最もよく彼が掲示板への書き込みをしていたサイトが消滅していた。
名前は、「すっとこどっこい ねっとわーく」という。

彼が闘病において、心の支えになったであろう場所であり、病と闘った足跡のあるところでもあったので、消滅してしまったことには寂しさを感じる。
彼一人の戦いを支えた場ではないし、彼以外にも何人もの「戦友」を送り出していったのだろう。そして「最後に送り出すべき人」を見送った後に、、、、ということだったのかも知れない。
若しそういうことなら、止むを得ないことである。

・・・その友人というのは、ピアノが縁で知り合った友人(とは言っても、一回りほど年上なのだが)で、一昨年の春、癌で亡くなった。
彼が再発してから世を去るまで、最期まで前向きに生きることを諦めず、実に立派な生き様を示してこられた。特にホスピス入院後からというものは、凄まじくさえあった。彼は、間近に迫り来る死を十分認識し、ご自分の病状をきちんと把握しつつ、その上でそのように生きてこられた。それが出来た理由は、勿論彼ご自身の精神力の勁さがあったのだが、それだけではなく、良い友人に恵まれていたこと(これも彼の場合、ご自身の努力による部分がある)と、そして何より同じ病と戦う仲間と励まし合い、支え合ってきたことが大きかっただろうと思う。そして、先に逝く「戦友」達の姿に、ご自分が如何に生きるべきかについての幾多のヒントを得られたのではないか。

彼は(恐らくご自身の病気の深刻さを認識したと思われる頃より)、癌患者のコミュニティに参加されるようになった。それはインターネットを利用したもので、それは彼にとっては、この時代に生まれた幸運でもあった。
当時(そして今時点でも)癌患者でも患者の家族でもない私に「一緒に参加して」というおつもりではなかっただろうと当時も今も思うのだが、私にそれらのコミュニティが運営する幾つかのウェブサイト(それらは同時に彼が参加しているものである)のURLをメールで送ってこられた。それらのコミュニティは、癌患者ご本人やご家族の為のものであった。
消滅していたサイトというのは、その一つであった。
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2007年08月17日

近況

ここ何ヶ月か電話が繋がらなかったMと、漸く連絡がついた。
留守電の履歴に番号残っているんだから、折り返すくらいせぇよ。何しとったか知らんけど(苦笑)>M

大して強くもない癖に大の酒好きなのは私と同じだが、今年の健康診断で、酒のせいではないかと思われる結果が出たので、今後は気をつけるとの事だった。

私は・・・精神的ストレスがある程度以上になると、酒の量が増える傾向にあるので、これまた注意が必要である。ただ、最近は割とコントロールが効いていて、一時と比べるとかなり量を減らしている。

健康の話はさておき、先の電話の中で、9月の最初の週末にMと俵屋に行くということになった。
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2007年08月16日

猛暑

連日、猛暑が続いている。
今日はとうとう、岐阜県多治見市、埼玉県熊谷市で最高気温40.9℃を記録し、74年ぶりに最高気温を更新した。その他にも最高気温の記録を更新した地点が全国で25カ所にも及んだということだった。
今日の日中、最高気温が40℃を超えたのは上記2市の他、埼玉県越谷市(40.4℃)、群馬県館林市(40.3℃)、岐阜県美濃市(40.0℃)の4箇所に及び、これも過去に例の無いことだとニュースで言っていた。
いやはや、暑いわけである(東京都内にての感想)。
今日のような日は、日が暮れて何時間か経った頃に仕事から帰ってきても、エレベータが蒸し暑いのは仕方ないとして、玄関のドアノブも熱いし、台所(勿論日陰)の棚にある歯磨き粉のチューブを触っても妙に温かいし、どのような場所にある何に手を触れても、熱いか、妙に温かいのどちらかである。
こういう日の日中に、一般家庭は勿論、商店街や街中の公共スペース等にも太陽電池パネルなんか並べて日陰を作ってみたり出来ると、色々効率良いんだろうなぁ・・・と思うのだが、そのうちどこかのメーカーから、家庭用の折り畳み式な奴とか、売り出さないだろうか。

ただ、天気予報によると、この暑さも今日がピークで、後は次第に雲が出て気温も下り坂になるとのことで、明日以降は多少楽に過ごせそうである。
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2007年08月02日

クリーニング

初めて行くクリーニング屋に、Yシャツやら、出しそびれていたジャケットやらを出した。
引っ越して既に半年以上も経ったこの期に及んで「初めての」クリーニング屋に行ったのは、

 ・一番近いクリーニング屋は、私が行ける日時に営業していない。
 ・二番目に近いクリーニング屋は、時間が掛かる。
 ・二番目に近いクリーニング屋にホントは行ったのだが、呼び鈴を何度か押しても誰も出てこなかったので、止むを得ず諦めた。
 ・そして「その店」が三番目に近かったから

という事情による。
で、件の店は、実は前に住んでいたところでよく利用していたクリーニング屋と同じ系列のチェーン店(と言っても良いのやら?)なのだが、そういうことを言い出すと、その場の話がややこしくなるので、単に「初めてです。」ということにしておいた(なので、既に知っていることも含め、色々と説明してもらうことになった)。
話を聞いていたら、汗抜きをする加工(名前は失念してもうた・・・)というのがあるという。やってもらうと260円増しだ。
そもそも普通のクリーニングは石油系溶剤を使用する(ここまでは知ってた)ので、油脂汚れなどは充分取れる。
しかし、汗に含まれる塩分などは、油性ではないので(そうでしょうなぁ)十分取ることが出来ない(それは知らんかった)。そこで、そういう汚れにターゲットを絞った汚れ落しの加工があるのだそうだ(へ〜!)。
夏場は、3回に1回くらいはやった方が良いそうだ。
次はスーツも出してみるか。

・・・・と、いうことで。
ジャケットなどはもう秋まで着る筈もないので、やってもらうことにした。さてどんな風になって出来上がってくるだろうか。。。
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2007年07月19日

残念ながら、ドビュッシーやJ.B.フェルステルの同名のピアノ曲の話を書く気は、今日は無い(笑)。

昨夜、珍しく夢を見た。
本当は、目覚めた後に見た記憶が残っていなくとも、夢は毎晩見ていているものらしい。そういう意味で言うと、「今朝、珍しくみた夢を覚えていた」とでも言い直すべきだろうか。

それは兎も角、変な夢だった(夢とは大概支離滅裂なヘンテコなモノと相場が決まっているが)。
その中で私は車を運転していて、側道のある道を走っている。そして、追い越すのが目的ではなかったことは確かだが、何かの理由で側道に移った。そしてスピードを出し、本道に戻ろうとした。ここで強引に本道に侵入した結果、見事に本道を走ってきた後続車と衝突した、というものだった。その時、無意味且つ恣意的な理由で本道の後続車の有無のは、敢えて確認していなかった。そしてその後、何処で目が覚めたかは覚えていない。

起床し、支度を済ませて出勤。最寄り駅まで歩く道すがら、何でそんな夢を見た(覚えていた)のかと思った。
如何せん「夢」だし、理由は元々無いのかも知れない。しかしときに粗い運転をすることは自覚のうちにあるので、(夢の中のことではあったが)事故を体験することにより、戒めの気持ちが興ったのは云うまでもない。
考えてみれば、今年は免許を取って9年目だ。免許を取るとき、当時通っていた教習所で、事故を起こしやすい時期として、「免許を取ってから1ヶ月目、3ヶ月目、半年目、1年目(は無かったかも知れない)、3年目、6年目、9年目」という話を聞いていた。
要するに私にとって今年は危ない年で、普段以上に注意しておいても良いくらい、ということになる。
夢など所詮しょうもないモノでしかないとは思うけれど、こういうきっかけが出来たことには素直に感謝している。
posted by D(各務) at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記