2008年05月28日

墓参

今度の土曜日、大学時代の友人の墓参りのために実家の近くまで行く。
彼が亡くなって、早いものでもう7年になる。
同じ市内の出身であるという以外、大学も含めただの一度も同じ学校に通ったことはなかったが、とある縁で同じ寮の隣同士で2年間暮らした。
同期は6つの部屋に最大で12人が住んでいた。「いた」というのは、途中2,3人ほど出入りがあったからだ。当時はお互い、よく誰かの部屋に上がりこんでは、部屋の主がいなければいなかったで勝手にお菓子を食べてしまったり、ゲームをやっていたりしたものだった。

彼の想い出のことを書くと長く散漫になるので、ここでは措く。
彼の墓へは2回ほど行けなかった年があったが、大体仲間の誰かと連絡をとって足を運んでいる。一昨年までは2人くらいで行くことが多かったが、去年から一人増えた。今年も同じ面子。多分今後もこの顔ぶれでということになるのだろう。

まだ彼一人の名前しか刻まれていない墓石を見るたび、自分の子供の墓石を自らの手で建てなければならなかったご両親の胸中やいかほどであったろうかと、いつも思う。
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2008年05月27日

検索結果から来た方へ

「爆弾の作り方」「殺人」等のキーワードでここに辿り着いた方へ。
ここには、時事ネタがあるので、そういうキーワードで引っかかることは充分考えられますが、「爆弾の作り方そのもの」といった、反社会的な事物や方法の解説などは一切ありません。
少なくとも日本では爆弾など作らなくても充分生きていくことが出来るし、もし生きることが困難だとしても、その理由は別のところにある筈です。
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2008年05月14日

見抜く目

最近買ったことをここでチラッと書いたことのある本だが、なかなか開く暇もなく、やっとのことで5分の1ほど読んだ。
が、この本を最後まで読むべきかどうか、正直なところ迷っている。
最後まで読み切った頃には、何某かは得るところあるだろうが、その質と量をして充分な物を得たと思えるかどうか、何となく不安なのだ。
文学部に籍を置いた文学青年とは到底比較にならないにせよ、本は比較的読んだ方だと思うし(その割に作文の下手さには目を覆いたくなることも多いが・・・涙)。
音楽理論の本もまあまあ読んだ。対位法は挫折してしまったが(って、全部独学だし)。ただ、この本のように「演奏技術」とか「演奏論」みたいな系統の本を今まで殆ど読んだことがなかったので、どういうものが「良い内容の本」なのかがあんまり良く分かっていないからなんだろうと思う。
つまり、この種の本の良し悪しを見抜く目が、今の自分にはどうやらなさそうだということだ。

今読んでいるところに、アルベニスのピアノ作品の、両手が入り乱れる複雑な譜面(ふづら)を、どのように書き換えるとか書き換えないとかの議論が、イグレシアス校訂版を引き合いにして書かれている(一つの例として)。この章での結論は、「指遣いとは単なる技術的問題ではなく、演奏解釈の拠って立つところであり、守るべきものである。と同時にその音楽が要求する表現の可能性を持っているものであり、探求すべきものである。」と読める。文中より一言で引用すると「従うべきものであると同時に、自分で案出すべきもの」ということになる。
しかし・・・だからといって、例えば自分が弾き方の分からない箇所を相手にした時に、指遣いをどのように考案したら良いかの参考には余りならないのである。そもそもそういうことを論じてはいない。右手左手の音符の再配分をどう考えるか、といったような材料はあるけれど。

何を期待して読んでいいのか・・・少々混乱気味である(苦笑)。


「ピアノを弾く身体」 岡田暁生・監修(春秋社)
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2008年05月11日

ブックオフ

に、要らない本を持っていった。
古本には興味がないので、基本的にはこういうところへはこういう時にしか行かない。古書を買ったこと自体はあるけど、私の場合は100%絶版で他にどうしようもない場合だけだ。

さて、今日持ち込んだ本の購入時の価格は全部で3〜4万円分くらいだったろうか。
売りに出したのは主に音楽書(買ったは良いが読む見込みが立たないもの+ダブり本若干)と仕事関係の専門書(要りもしないのに、前の会社の社長に騙されて買わされてしまったものなど)。
未だに割とよく売れているらしい本でもカバーがないために値段がつかなかったり、「もうこんな時代遅れな本、誰も読む奴いねーよ。」というような専門書に値段がついたり。。。状態がキレイかどうかだけで、あんまり中身は関係ないんだろうな。<ブックオフ
古紙回収に出すよりはナンボかマシだったけれど、音楽書と内容が未だ陳腐化していない専門書くらいは、いっぺん神田辺りにでも持って行ってみるかなぁ。
どんな値の付けられ方するのか分からんけど。

昔、司馬遼太郎だったか立花隆だったか忘れてしまったが、古本屋に買い付けに来て「トラックあと2台来るから。よろしく。」なんて豪快な買い方をしていたそうだが、買う方ではなく売る方となると、またちょっとなぁ(苦笑)。<お得感がない
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2008年05月08日

地震

昨夜(日付け的には今日)1時2分頃から断続的に小一時間ほどであったろうか、かなり揺れの大きい地震があった。
気象庁の発表によると、震源地は茨城県沖で規模はM6.7、揺れの大きいところでは震度5弱ほどもあったとのこと(最大だった1時45分のもの)。

今住んでいるところはマンションの6階。建物自体の底面積が比較的小さいので、地震が来るとやけに大きく揺れる。引っ越したばかりの頃は、震度2の地震が震度3にも4にも感じたものだった。おまけに地べた好きな私は、生まれてこの方殆どを地上1階で暮らしてきたので、ただでさえ高いところで遭遇する地震というものに慣れていない。
高い建物内で遭遇する地震は、よく言われているように、地上と比べ、ゆっくりで振幅の大きい揺れになる。その理屈も良く分かるのだが、それが分かっていても尚、この揺れ方は恐かった。
そうしているうちにも同じ階でドアの開く音がする。お隣の住人も、慌ててドアを開けて通路に出たようだった。
ラジオをつけて地震速報を聞き、「どうやら今すぐどうという訳ではなさそうだ」と思いつつも、逃げる用意だけはした。

それにしても、こういう場面で逃げる為には、色々用意が足りないことに、今回気がついた。
普段は身一つでも助かれば良いや、と思っているくせに、その割にいざとなったら持ち出したいものが出てきて、しかもそれらが到底持ち出せるようにはなっていないことだ。

非常食・着替えくらいはさっと引っ掴むだけで外に持ち出せるような支度がやっぱり必要だし、出来れば金で購い得ない品物も持ち出したいし。
...というようなことを反省した一夜だった。
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2008年04月26日

チェコ語は難しい(涙)

手許に、"FIBICHOVA ČÍTANKA" (フィビフ読本)という本がある。
1930年に、当時のチェコスロヴァキア国立出版社から刊行されたものだ。フィビフは、1900年頃のチェコではドヴォジャークと並ぶ最もポピュラーな作曲家の一人だったそうだが、それから30年経った頃は一体どんなだったのか。
この本、一番最初に出てくるのは、フィビフが生前、その作品に幾つも曲をつけている詩人・ヤロスラフ・ヴルフリツキー[Jaroslav Vrchlický]の「音楽 ズデニェク・フィビフに」という詩。続いて、フィビフ没後3日目にあたる、1900年10月18日の国民新聞に掲載された「ズデニェク・フィビフの柩の上(に捧げる)言葉」と題する一文。執筆したのは「進歩派」のシンパでもあった、プラハ大学の美学教授オタカル・ホスチンスキー[Otakar Hostinský]。

当時の人々がどのように感じ、評してきたかについては、当時書かれたものを読むに限るのだが、チェコ語は文法そのものが難しいこともあって、なかなか読み進めない。
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2008年03月27日

銀行での一コマ

色々溜まっていた用事をどこかで済まさなければいけないので、どっかで休みを取ろうと思っていたのだが、今日は内藤久子氏の講演会もあるしということで、休暇を取った。
溜まっていた用事の一つが、銀行へ行くことであった。
待たされる種類の窓口だったのだが、呼ばれるまでの間がヒマ。バッグに本を入れてくるのを忘れてしまっていたし、かといって備え付けの雑誌を読む気にもならならず、結果、退屈なことこの上ない。「ヒマだなぁ。何か面白いことでもないかなぁ。。。」と思いながらの待ち時間、キョロキョロと見回してアヤシい奴に見られてもつまらんなぁと思い、ここは周囲に聞き耳を立ててみる。
・・・・
私の後ろの椅子に居た母子連れ。子供は幼稚園〜小学校低学年くらいの幼い姉妹であった。この子供等は、店内に備え付けの世界銀行債のパンフが気に入ったらしく、何枚も持ち出して遊んでいた。勿論母親が「あんたらにはそんなの必要ないでしょ。返してきなさい。」というが、一向に効果のない様子。「こまっちゃくれた奴等だなぁ。」と思った次の瞬間、彼女等の頭上に降ってきた、母親の一喝が傑作だった。

「こないだお巡りさんに『あなたは悪い子ですか?』って職務質問されたの、もう忘れたのっ?!(怒)」

される方もされる方だが、する方もする方だ(苦笑)。
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2008年03月19日

ピアノサークル考

私は以前、「ピアノサークル」といわれるものに参加していた時期があった。
最初はもう10年以上前。インターネットも一般向けサービスを開始しているとはいえ、まだまだ一般には浸透していなかった頃のパソ通内でのことだった。
その後、インターネット上でMLを利用して活動するサークルに参加したりしていた。紆余曲折があり、半ば無理矢理代表を引き受けさせられるような恰好で運営していたサークル・・・初期メンバーが全て或る人物の関係者で、その人物が音頭を取り、どんなコンセプトにするかもその人物の意向だったのに『私は絶対やらない』といって逃げられてしまったので、仕方なく・・・を、昨年の早い時期に解散させて以来、そちら方面では特に表立ったことは何もしなくなった。

10年前と今とでは、インフラ面での環境や、そのような世界に参加してくる人達の性質というか意識も随分と違ってきた。

インフラ面では、もう比べ物にならないくらい、色々な機能を備えた環境を利用できるようになり、便利になっている。常時接続の場合でも経済的な負担はさほどではいし。
パソ通が主流だった昔(などと『昔話』を始めると、ある種のイヤな古株ぶった奴に見えるかも知れないが、どうかご勘弁を)は、そういうところで遊んでいる人口自体が少なかったし、他にそういう場は殆ど見当たらなかったように思う。BBSの頃はかなり盛り上がった時代があったが、他に選択肢がないということで、必然的に人が少ない場所に集約されたということも背景にあったのではないか。

人の性質が変わってきた、というのは、より正確には「違う意識をもった人の比率が高くなってきた」ということかも知れない。
例えば、MLで運営しているサークルで。参加者はMLに登録されるということも、どういう話題を書いて良いことになっているMLであるかも分かって入会しているにも拘わらず「メールが流れてくるのはウザいからイヤ。」(何なんだ、この『ウザい』って言葉は・・・苦笑)と言う人。 どこかのホールを借りての発表会には参加したがるが、その他の交流は一切関心を示さない人。 オンライン・オフライン共に一切活動せず、やる気もないが辞めると言い出す勇気もないのかと思っていざ退会や休会を勧めると『それはイヤだ』という人。等々。
2番目のケースは、オフラインの活動を主にしていることと関係があるのだろう。また3番目は、何もしていないから何の害もなさそうに見えるが、こういう人が多数存在するようになると、後から入会してきて、色々発言したい人にとっては『無言の圧力』となって発言し難い雰囲気を作り出してしまうので、かなりの害がある。

今ここに挙げたような人達とは、一緒にオンライン上のサークル活動などしても、正直なところあまり面白くはない(ただし個人的につきあうというのとは話が全く別なのでその点は一応お断りしておく)のであるが、余所で同種の活動をしている知人の話を聞くと、最近はこういう人達が方々で結構幅を利かせているらしい。

暫く様子を見て、サークルを作ってみようかという気もなくはなかったのだが、こういう様子を眺めてみると、当分そんな気にはならないかも知れない。
SNSも林立、SNS内で似たコミュニティも乱立しているような昨今、寧ろ要らないだろう、とも謂う。

・・・アクが強すぎたかな?(苦笑)
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2008年03月04日

唇が切れる:『なんとか快方へ』

何ヶ月も悩まされつづけてきたものだが、何とか治ってきた。
医者に行った結果があまりにも散々だったので、一時は大分気分もめげたが、色々やってみた。
 (1)唇の乾燥を防ぐ
 (2)唇をふやかさない((1)とは反対の路線)
 (3)胃の調子を整える(胃がヘタっているのが原因と仮定)
結果は・・・

(1)唇の乾燥を防ぐ
リップクリームを塗って、乾燥させないようにする。
唇が切れるまでは有効だと思うが、アカギレの出来た手に塗るハンドクリームと違って、切れてから塗ったのでは却って逆効果だったような気がする。

(2)唇をふやかさない((1)とは反対の路線)
擦り傷とかと一緒で、傷口が出来れば角質化してくる。そこで完全に内部まで皮膚組織が出来上がるまでは舐めたり(ついやいがち)、リップクリームを塗ったりしない。
角質層が剥がれかかった時がちょっと辛いが我慢。
かすり傷の場合と同等の効果だったと思う。

(3)胃の調子を整える(胃がヘタっているのが原因と仮定)
刺激物(辛いものが大好き)と酒を控えることにした。
2年程前に胃炎と食道炎をやって以来、食事時間に注意を払っていたこともあり、胃の活性化するサイクルが一定になって調子は悪くないと思っていた。
そんな訳で一番疑っていなかったのだが、今回はどうもコイツが犯人のようだった。
まぁ...去年とかは1年のうち350日くらいは間違いなく飲んでいたし、全くありえないわけではなかった。


...そういう訳で、今は減酒中。
ある人(昔、某ピアノサークルで知り合った方で、私はその方のご主人とも更に前からのピアノ繋がりだった)が禁煙する時に「タバコを買わんといたらええねん。」といって禁煙に成功したらしいことを思い出し、私も酒を買わないことにした。これは良い作戦で、「なきゃナシでいいや。」という感じで気にならなかった。

ただ、今のところ血行不良(←高校生くらいから悩まされていた)を多少のアルコール摂取によって何とか抑えている状況であったりするので、飲酒は当面、1週間〜10日に1回くらいにして、暫く様子を見ようと思っている。
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2008年02月25日

チェコオフ(昨日)

昨日は暴風(春一番)で、関東地方も午前中は電車が止まってしまったりと、大変な一日だったが、私の方は幸い出かけるのは夕方頃になってからだったので、殆ど影響らしい影響は受けずに済んだ。
昨日は、とあるピアノ関係の知人が企画して下さった、渋谷の某スタジオで1時間ほど過ごした後にカフェ・ANOでチェコ料理&チェコビールを堪能するという集まりがあった。
この知人、某ピアノサークルで知り合ったのだが、私がそのサークルを辞める頃に入ってこられたために、知り合ってからもう何年にもなるというのに、いまだ嘗てお互いのピアノを聴いたことがないという、不思議なピアノ仲間であったが、昨日めでたく「不思議な」の部分が取り払われた(笑)。
この方はメンデルスゾーンを弾かれたのだが、・・・「自分で弾く」と言う意味では、私向きな曲ではなかったけれど、良い曲だった。
ご本人曰く、本番は暫く先で、仕上げも未だこれからということらしい。
私の方は、昔から持ちネタが尽きた時に良く弾いていた曲から2曲(《気分、印象と想い出》からOp.41-44, Op.47-148)を弾いたのだが、弾き終わったところですかさず「○○さん(←私のこと)って、ろまんちすとなんですね〜。」とのことだった。
それはそれでちょっと恥ずかしかったので、今練習している曲のことを引き合いに出し「そんなことないですよ。」と弁明はしておいたが、果たしてどこまで信用してもらえたことやら・・・

ANOに移動してからの本会。フス派とフス戦争の話など、なかなかチェコ好きらしい濃い話が出て面白かったが、途中「○△□は、日本でいうと足利義輝なんですよ。」と誰かが言ったのが運の尽きで、その後は主に日本の戦国時代の話で盛り上がってしまった。
いや、面白かったけど。
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2008年02月16日

スタジオ繁忙期

たまには外でピアノを練習しようかと思い、最近個人練習で利用させてもらっている都内のスタジオに明日の予約を取りに電話をしたところ、アップライトの部屋以外は皆空いていないということだった。

スタジオといっても色々あって、当日でも大体何とかなるところと、予約受付開始(大体1〜2ヶ月前から、というスタジオが多い)すぐに申し込まないとダメなところがある。先に書いたスタジオは、「運が特に悪くなければ、大体何とかなる」ところだった。

ところが、混んでいるのは他のスタジオも似たような状況であるらしい。別のスタジオのウェブサイトには「1月も半ばを過ぎ、そろそろ2月の受験シーズンが近づいて参りました。例年もっともご予約で混み合う時期です。」と書いてある。
・・・そうか。音大受験生が直前期に上京してホテルからスタジオに行って練習するので混む訳か。<混み合う時期
なるほど。

そういうことなら、今月一杯は遠慮しておくことにしよう。
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2008年02月11日

久しぶりに小品を弾く

今日は久々に、練習曲とノヴァーク以外のものを弾いた。
今月末のイベント(?)向けのネタの仕込みだ。
とりあえず10分程度間が持つ程度の曲の仕込みだけはしておこうかなぁという程度なので、比較的現在に近い過去に弾いた物から幾つか楽譜を探し出してくる。

もう5年以上弾いていない曲は、基本的にアウトだ。
2年程前に弾いた、ノヴァークの《冬の夜の歌》の第3曲もかなり忘れていて、そんなすぐには元に戻りそうになかった。これもアウト。まぁ、2月の末に「クリスマスの夜の歌」(第3曲の曲名)というのがそもそも時季的におかしいのだが。
ヴォジーシェクの《即興曲》Op.7-5 も最近軽く浚ったことがあるが、これはそもそも仕上げたことがないので何だかなぁ、ということでやはり除外。

・・・という調子でふるいにかけた結果、残ったのは、フィビヒの《気分・印象と追憶》の Op.41-44, Op.47-148, Op.57-20 くらいだった。何でこんなに少ないんだ(苦笑)。
まぁ、前者2曲で何とかすることにしよう。。。
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2008年02月01日

唇が切れる:『病院に行って来た』編

仕事の方もまあまあ落ち着いているしということで、今日は予告通り休暇を取って、近所の某総合病院に行って来た。
前に電話で確認した時は「耳鼻咽喉科を受診して下さい」と言われたのだが、来院して初診受付で再び説明すると、「口の内側が切れているのでなければ、皮膚科にかかって下さい。」とのことで、皮膚科を受診した。

診察を受けて驚いたことは、診察してくれた医師が、原因・対処法共に「分からない」と言い切り、何の診断も下らなかったことだった。診断がないくらいだから、当然処置・投薬もない。
そしてこちらから根掘り葉掘り訊き出さないとロクな説明もしようとしない。尤も、あれこれ訊いた挙げ句にされた説明は、総じて不十分であり、不満であった。
...これでは、素人相手にモノを言っているのと何ら変わらないではないか、と思わざるを得ない。

しかしこちらは年がら年中唇が切れっぱなしで悩まされているので、「ああそうですか、それなら仕方がないですねぇ。分からないものは仕方がないので放って置きましょう。」と言う訳にもいかず、話していくうちに「内科にかかってみますか?」というので内科に回してもらった。

ところがこちらも似たりよったりな態度の先生で、こちらから「こういう可能性はないですか?」と一々訊かないと話にならない。
そして「どういうものが足りなくなるとなる可能性がありますか?」との問いにはたった一言「ビタミン」。へ?ビタミンだったら何でも良いんだろうか?・・・薬局でビタミン剤をくれと言っても「Bですか?Cですか?」くらいは訊いてくるぐらいだからその程度のことは先生も言ってくれないとなぁ。と思った次第。
結局血液検査はしてもらうことになり、採血はして貰ったが、どうも来週また仕事を休んでまで結果を聞きに行く気力が起きない。

「大病院だが、この病院は足を運ぶだけムダだ」ということを知るための勉強代としては、1万円余りの出費(検査代も含んでの金額だが)は、余りにも大き過ぎた。

仕方がないので、後日、別の耳鼻咽喉科に行ってみようと思う。
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2008年01月28日

続「唇が切れる」のその後

今週金曜に休暇が取れたので、医者に行くことにした。
で、何科で診察を受けたら良いのか分からなかったのだが、自宅近所の某総合病院に電話で訊いたところ、耳鼻咽喉科で受診するようにとのことだった。
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2008年01月26日

三回忌

今日は母方の祖母の三回忌の法要があり、名古屋から従姉弟、日立からは父を除く私の実家の人間もそれぞれ大宮に集まった。
祖母が眠る大宮の私営霊園は、施主である叔父の家から割と近いところにある(とはいえ徒歩圏ではないが)。そこに法事等の会場に使えるホールが併設されていて、食事会以外はそこで一通り出来るようになっている。
こういうところでは僧侶の方を招いてお経をあげて貰う訳だが、「自家が檀家になっていてそこに家代々の墓もあるお寺に行って、住職さんにやってもらう」といった法事とは違い、葬式・四十九日・一周忌・三回忌と、毎回違う僧侶の方が来てくれる。極めて興ざめな言い方だが、ここだけ見ると「僧侶の人材派遣」のような印象すらある。
勿論彼等も本務は出張の葬儀や法事ばかりではなく、他にも色々あるだろうけれども。
ちなみに生前の祖母が施主を務めた法事や、父方の場合は「お寺に行く」方式だった。
法事のとき、「お経をあげ、その後その経典に書かれている内容は一体どういうことなのかを解説してくれる」というところまではどこでも一緒のようだが、葬祭場や墓地のホールに来てくれる僧侶(そろそろ、以下『お坊さん』ということで)の場合、世俗的な話が出てきたり、説話でも多少の俗っぽい切り口を持っていたりする。
それが、禅宗(母方は曹洞宗なので、曹洞宗のお坊さんにお願いしている)のイメージとギャップがあり、何とも言えない感じである。
この日、そんな話題も含めて幾つかの話を聴かせて頂いたが、そのうち印象に残ったものの一つは「我々がこうやってお経を読んで、これが今日ここで我々が供養している故人に聞こえると思いますか?聞こえるわけありません。死んでるんだから。しかし、今日お読みしたお経には『皆が幸せに、仲良く生きられますように』ということが書いてあるんです。だからここに集まっている皆さんがそのように生きていくことが、故人の供養になるんですよ。」というものだった。

ところで、読経の前にちょっと話があり、そのとき「お経を持ってきている方、いたら出してみて下さい。」と云われて思わず取り出してしまったら、その後ずーっとお坊さんにマークされてしまった(笑)。
単にその経典を私に呉れた祖母の法要だったので、何となく持っていかなければいけない気がして持って来ただけだったのだが、以後、「そこの青年」と何度も言われ続けた。
「青年」はいっとき、ピアノ仲間から何故かハンドル代わり呼ばれていた時期があり(笑)、何の関係もない場面ながら、一瞬だけ(←法事の最中だったので)、その当時を思い浮かべて懐かしかった。
墓前で再度焼香した後、そのお坊さんに職業を訊かれ「コンピュータ関係の仕事をしています。」とお答えしたところ、そのお坊さん、お年寄り向けのパソコン教室のボランティアをしているとかで「今度お手伝いしてくれませんか?連絡下さい。」と仰り、何と名刺を頂戴した。

その後の会食の席で、「いまどきはお坊さんも名刺を持って歩いているのかぁ。」と皆で感心すること頻りだった。
ノリが軽いのか余程手に余って大変な思いをされているのか、はたまた別の理由があるのか分からないが、取り敢えず連絡だけはしてみようと思っている。
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2008年01月21日

「唇が切れる」のその後

12日に書いた、唇のことだが、ナイアシンが原因かどうかはわからないまま。食事は工夫し、アルコールは減量した(丁度睡眠サイクルが狂いだしており、その調整の為に断酒まではしなかった)のだが、結局のところ、まだ治っておらず、また治りそうな気配もない。
実際は食事の時以外は大して不都合はないのだが、雑菌が入って化膿したりすると馬鹿馬鹿しいから、そろそろ医者にかからねばなるまい。まずは診療科探しからしなければならないが、とりあえず今週中にはどこの病院に何時行くかくらいは決めようと思っている。

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2008年01月12日

唇の切れることについて

毎年この時期、唇が荒れるのは私だけじゃないだろう。
この場合、大概はビタミン剤等の摂取で治る。

それが去年あたりから、「荒れる」を通り越して「切れる」になり、更に夏場もずっと続いてしまった。勿論ビタミン剤を摂っていたが、殆ど効果がなかった。
「唇が切れる」となると鬱陶しい。食事や会話で口をあけるたびにふさがりかかった傷がまた開いてしまい、それを日に何度も繰り返す。勿論痛い。
少なくとも世間にそんなにありふれた状態ではないだろうし、好い加減ウンザリしてきたので、医者にでも行った方が良いんだろうかと思うのだが、果たしてこれは何科の担当なのだろう。耳鼻咽喉科?

「唇が切れる」という症状について色々調べてみると、「ナイアシン」と言う物質が体内に不足した場合にも起こるという記事を見つけた。


若しこれが私の「唇が切れる」の原因だと仮定すると、対応策は
 1.二日酔いするほどの酒の摂取を控える。
 2.ナイアシンを含む食品を多く摂る。
   →カツオ、さば、ぶり、いわし、レバー、鶏ささみ、
    まぐろ、シラス干し、たらこ、豆類
   →魚,レバー,肉などは,体内でナイアシンの原料となるアミ
    ノ酸も,ナイアシンそのものも豊富

酒を多量に摂取すると、アセトアルデヒド(←二日酔いの原因物質)の分解にナイアシンが消費されてしまい、体内で不足することになるらしい。
(参考:http://www.chikkun.com/chikkun/vitamine/vitamin08.html

ナイアシンは主に「ペラグラ」というナイアシン欠乏症(代謝内分泌疾患の一つ)の要因だが、幸い私自身はその他に「ペラグラ」のに合致する症状は今のところ全くない。
なってしまう前に、善処するとしよう。

まずは酒の量。ナイアシンが足りるようになると血行が良くなるということなんだが、私の体においては「禁酒」と「血行改善」は常に矛盾する主題なので、減らしても週1回までが限度か。
食べる方は、上に挙げた物で嫌いなものは何もないので、兎に角食べることだけ気をつけておけば良いだろう。尤も、寿司屋に行く回数を増やすのと同義に近い気がするが(笑)。


という訳なんだが、医者行くの・・・どうしようかなぁ。
別に医者嫌いというワケではないのだけれども。
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2008年01月02日

初詣

鹿島神宮へ、初詣でに行った。
去年は喪中だったので控えたが、真面目に初詣でをするようになった4年前からは毎年ここへ行っている。
昔、小学生か中学生の頃に一度か二度、やはり初詣でに行ったことがあるが、当時は同じ県内だったとはいえ、かなり遠かったこともあり、毎年行くということにもなっていなかった。
何故実家の近所でも現住所の近所でもない鹿島神宮なのかというと、案外根拠薄弱ではある。が、出身県はもとより、日本の神社の中で最も古く格式高い神社(旧社格は官幣大社)であることが一つある。
それなら千葉県の香取神宮でも良かろうという話もあるが、それは違う。
兎に角、鹿島神宮であった。
今年は、奥宮にも詣で、要石とさざれ石を拝観した他は例年の如くした。
さざれ石とは、日本国国家にある、あれである。
ただ、「君が代」に詠われている「さざれ石」が鹿島神宮の「さざれ石」固有名詞を指しているのではないだろうとは思うが、果たしてどうだろうか。
鹿島神宮の「さざれ石」には、その説明文が傍の石盤に刻まれていて読むことが出来る。
「要石」は、地震を起こす大鯰の頭を抑える杭と言われ、見た目は小さいが地中部分は大きく、決して抜くことは出来ないと言い伝えられている。徳川光圀(水戸黄門)がこれを七日七晩掛けて掘らせたものの、結局掘り出すことが出来なかったということが「黄門仁徳録」という書物に記録されている。

そんな初詣でであったが、(ここ3年ほど、総じて辛く悲しい歳月を過ごす羽目になったのだが)今年は心掛けと行いさえ誤らなければ、何か良いことがありそうな気がした。
いや、そうあるべく心せよと言われているのだと思うべきなのだろう。

参拝は昼頃には終わったので、その足で那珂湊港まで足を伸ばした。市場は人でごった返していて、なかなかの活況であった。
何か買おうかとも思ったが、そこにあるものは所帯持ちに丁度良い物ばかりであって、独り者の私には、残念ながらその全てがオーバースペックなものであった。結局焼きウニ(ウニを蛤の殻に山盛りに盛って網で焼いたもの)を頂いた他は何も買わずに帰った。
鯨のベーコンがあり、小学生の時に確か「味を知っておくのは悪くないから」という理由で母が買って食べさせてくれたことを思い出して懐かしく思ったのだが、そこら辺のコンビニで、生ハムなら300円くらいで売っていそうな分量を1,600円で売っていたので、流石に買う気にはならなかった。
あと、後ろ髪を引かれる思いがしたのは、マグロの頭。あんなに大きくて美味そうなものが、1個400円。アレだけ大きければ、頬肉もステーキになるだろうし、目の周りも結構食べられそうだ。これと比べれば、切り身を3,000円で買うのはどう考えても馬鹿馬鹿しい。
これだけは目が少女マンガのようになりつつも、やはり買わなかった。ウチの鍋ではあの頭は入りきりそうにないのだ。

ところで、今日は一昨年買ったお守りを持っていかなかったので、後日返しに行かねばならない。何時行ったら良いのだろうか。。。
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2007年12月29日

飲まないかも知れない酒を買う

最近結構な勢いでお茶を飲んでいたりする為、ストックしてある「水」の減りが速い。そんなこんなもあって酒屋へ買い出しに出かけた。

買う気のあるナシに拘わらず、取り敢えずシングルモルトと泡盛の棚を見て歩く。
最近どこの酒屋に行ってもグレン・グラント [GLEN GRANT] をあんまり見かけなくなったと思っていたのだが、珍しくいことに今日は14年もののカスクストレングスが置いてあった。その傍の札を見ると「シーバス社の最終ストックです」とあった。そういえばシーバス・リーガルの原酒って・・・メインの原酒はロングモーンだった筈だが・・・グラントも使っていたのか。。。
グレン・グラントはモルトを飲むようになって最初に好きになった銘柄の一つだったが、製造元蒸留所の閉鎖に伴ない、最近は市場での流通数が少なくなってきているらしい。
14年ものというと、別にそんなによく寝かせていると言うほどでもないが、味はそこそこ丸みが出ていそうな気がする。でもってカスクストレングスの57度。そして「ラストストック」。・・・・う〜ん、買っとくか。
ということで1本お持ち帰り。

すぐにでも飲んでみたい気もするのだが、10〜20年くらい放って置いて、値段が吊り上がるのを待って処遇を考えた方が良いのかも知れない。(ぇ
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2007年12月28日

仕事納め

日付け変わって昨日で年内の勤務は終わり。
仕事の方は、身分上は色々イベントがあったが、特に不都合らしい不都合もなく、無事仕事納めを迎えることが出来た。
・・・が、しかし・・・
朝から何となく調子が悪いのを感じつつも電車に乗ったところ、途中で吐き気を催してしまい、尚も数駅区間は我慢をしてみたが、結局は止む無く東京駅で下車した。
トイレにも駆け込んだが、結局は嘔吐することもなく、動けるようになるまで、地下街にある喫茶店で休憩することにした。
昨日のアルコールが残っていたのは原因の一つだったかも知れない。しかし昨日飲んだ程度の酒量で次の日にこのような失態を演じたことは嘗てなかった。
この年末は珍しく残業は少なかったけれど、例年になく頻繁に飲み会に動員された年末でもあった。そういう意味では体に疲れが残っていたということだったのかも知れない。

結局、「遅れます」と電話を入れた後、1時間半遅れで出勤したが、「今は別に忙しい訳じゃないんだから、休んじゃえば良かったのに。」と会社の先輩には言われた。
「でも、サーバーのお守り(←先月から鯖缶になった)があるから今日はちょっとそういう訳にもいきませんので」なんて言ってはみたが、やはり言われた通りなのかも知れない。
それに15時から現場での納会。要するに飲みがあるわけだ。また。
その納会の方は1時間半ほどではけてしまい、17時から中目黒の本社である納会の方はもう(遅刻するほどの体調だったので遠慮します)という理由で行くのを取りやめてしまった。

現場の納会では、全員でくじを引き、「当たりくじを引いた人には賞品」というので引いたらハズレだった。
しかしこのくじ引き、「世の中何でも当たれば良いと思ったら大間違い」の典型例で、当たりの賞品の中身はギャルゲーのキャラクターをデザインした壁掛け時計と同じようなデザインのガラスコップの組み合わせとか、如何にもここの職場に「何かのオマケ」として転がっていそうなものばかりだった。
これらは勿論ここの現場の業務の一環で購入した品物のオマケなので、誰かの趣味とは一切関係がなかったりするのだが、それにしても・・・。

経緯はどうあれ、当たらなくて良かった・・・(^^;
posted by D(各務) at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記