2011年03月16日

震災翌日(2)

途中、交通事故も多かった。後の話になるが、帰ってくるまでに少なくとも5,6件の交通事故現場を通過した。
記憶は正確ではないかもしれないが、その殆どは、信号が死んでいる交差点でのことだったようにと思う。

今は仕事の関係で大阪に住む、小中学時代の友人と漸く連絡が取れたのは、千葉から茨城に入ったあたり。確か20時頃だった。彼曰く、私や彼の実家のある市内では、ライフライン(水道・電気・ガス)が全て寸断されており、持って行くならカセットコンロのボンベやペットボトルの飲料水、乾電池などとのことだったが、全く用意していなかった。しかし、今からでも手に入るものは持って行かねばなるまい。
そう思いつつ、しかし方々で停電になっている県内の状況に驚きつつ、コンビニに立ち寄ると、どこも水はなく、すぐに食べられる種類の食料もなかった。しかもそれはまだマシな方で、酷いところは停電している為に営業すらしていない。
やっとのこと、お茶やスポーツドリンクを2,3本、栄養ドリンクを実家の家族に一人2本ずつ手に入れた。
しかしその後も渋滞は酷く、もう途中の水戸で泊まって翌朝到着を目論んだのだが、水戸市内では泊めてくれるホテルを見つけることは出来なかった。
posted by D(各務) at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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