2010年05月04日

ラ・フォル・ジュルネ 2010(2)

今日もベレゾフスキーを2公演、聴いてきた。
昼からの公演は、リスとの超絶技巧練習曲と、ショパンの練習曲、その他。
こちらはプログラムに不備があったということなのか、曲目をベレゾフスキーが自ら告げながら行われた。
印象は、2日の初日と同じ。ただ、ちょっと疲れたような表情がちょっと気になった。

昼の公演終了後、一緒に行ったピアノ仲間等と昼食。その後夜まで聴く公演がないので、交通会館の近くの酒店でシャンパン、ワイン、つまみを調達し、会場まで戻り、そこで音楽談義や「こい話」(漢字でないことに注意)で盛り上がった。
みんな酒好きで良かったよ。(^^;

夜の公演は、ベレゾフスキーとドミトリー・リス率いるウラル交響楽団による、ショパンのピアノ協奏曲第1番。
自称「アンチ・ショパン」の自分が、まさかこの曲を生で聴くことになろうとは思っていなかったが(マテ)、聴いて良かった。
私が「アンチ・ショパン」なのは、ショパンの音楽自体が嫌いなわけではなく(尤も、自分で弾こうとは思うほど趣味に合ってるわけではないのだが、特に上質な音楽であるとは思っている)、世間ではピアノといえば猫も杓子も皆ショパンという、この耳タコぶりにウンザリしているということだけ。

夜は、皆でコリドー街まで行って呑もうかと思っていたが、移動の時間も勿体ない気分になってきたので、会場近所の韓国居酒屋に入った。
悪酔いを警戒しつつも、マッコリがどんどん空いていった。
結局、公演を聴いている時間の軽く倍以上は酒を呑んでいたような気がする。(^^;

今回、ベレゾフスキーの3公演を聴いて分かったことが一つある。
嘗てラフマニノフがピアニストとして出演した演奏会で、アンコールの最後に「あなた方は、どうしても私にこの曲を弾かせたいらしい。」と軽口を一つ叩き、有名な自作の嬰ハ短調の前奏曲 Op.3-2 を弾いたという。この曲を弾くことが「これで最後だよ」の合図になっていたようだ。
ベレゾフスキーは、アンコールが何曲であっても、その最後には、Chasins という作曲家の技巧的な小品「香港のラッシュアワー」を必ず弾いていた。いわばこれが彼の「これで最後だよ」の合図だ。
posted by D(各務) at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 演奏会・リサイタル
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