2008年11月07日

筑紫哲也氏 逝去

TBS NEWS23のキャスターだった、筑紫哲也氏が本日午後、逝去。
NEWS23は、学部時代から一番よく観ていたニュース番組だった。
報道姿勢に関しては毀誉褒貶さまざまを耳にしている。なかには私もあれは失敗だろうと思うものもあるが、それはそれとして、単なる事実の羅列でない、メッセージの発信を意識した報道番組の作り方というのは、あれはあれでアリだったと思う。
そう思えばこそ、NHKでもなくニュースステーションでもなく、NEWS23を見続けていたと言えるかも知れない。
筑紫氏は一般企業でいう定年の年齢を過ぎて尚仕事をしていた訳だが、しかし天寿を全うしたとまでは言えず、そういう意味でも残念である。
合掌。

web多事争論

【訃報:筑紫哲也さん死去 TBSニュースキャスター】
http://mainichi.jp/select/today/news/20081108k0000m040050000c.html
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朝日新聞記者からTBSのニュースキャスターに転身したジャーナリストの筑紫哲也(ちくし・てつや)さんが7日午後、肺がんのため亡くなった。73歳。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は妻房子(ふさこ)さん。後日お別れの会を行う。

 大分県出身。59年、早稲田大政経学部を卒業し、朝日新聞社に入社した。政治部、返還前の沖縄、ワシントン特派員などを歴任。84年に「朝日ジャーナル」編集長となり、若者のリーダーたちとの対談連載を通じて、「新人類」「元気印」などの流行語を広めた。

 89年に朝日新聞社を退社。同年10月にTBSのテレビ番組「筑紫哲也ニュース23」のメーンキャスターに就任した。豊富な取材経験をもとに鋭い視点でニュースを評しつつ、現場にこだわる姿勢が人気を集め、お茶の間に定着した。

 07年5月14日の放送で、自身の肺がんを公表。後藤謙次・元共同通信編集局長に後継を託し、闘病生活に入っていた。
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【筑紫哲也さん死去:「キャスター」お茶の間に浸透】
http://mainichi.jp/select/person/news/20081108k0000m040100000c.html
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長年の取材に裏打ちされた歯切れのいい言葉で、国際政治からポップカルチャーまでを語り、テレビの視聴者に支持されてきた筑紫哲也さんが7日、73歳で亡くなった。「ニュースキャスター」という言葉をお茶の間に浸透させた代表格だった。

 朝日新聞記者時代には、テレビ朝日の報道番組「日曜夕刊!こちらデスク」の司会者に就任。今では一般的になった活字メディア出身のジャーナリストがテレビ出演をするきっかけを作った。

 「筑紫哲也ニュース23」のキャスター就任後は、開戦直前のイラクで現地取材をするなど、現場にこだわった。98年11月には米国のクリントン大統領(当時)をスタジオに招き、市民との直接対話を実現させて話題を呼んだ。

 TBSのワイドショースタッフが坂本堤弁護士のインタビュー収録テープをオウム真理教幹部に見せた後、坂本弁護士が殺害された問題が、96年に発覚。筑紫さんは当時の「ニュース23」で「TBSは死んだに等しい」と述べ、キャスター降板を考えたことを明らかにしている。

 闘病生活に入った後も、大きなニュースがあった日などに不定期出演する形をとった。今年3月28日放送の「多事争論」コーナーで、番組タイトルから自分の名前がなくなることを明らかにし、出演してきた18年間を振り返った。8月11日には同番組で哲学者の梅原猛さんと対談。これが最後のテレビ出演となった。

 キャスターのかたわら、立命館大客員教授や雑誌「週刊金曜日」の編集委員も務めていた。「ニュースキャスター」(集英社)「筑紫哲也の この『くに』のゆくえ」(日本経済新聞社)などの著書もあった。今年5月には日本記者クラブ賞を受賞している。

 ▽ニュースキャスターの鳥越俊太郎さんの話 同じ時期に新聞社を辞めてテレビの報道番組に転身した、同志であり兄貴分。日本の国の在り方を示し、進むべき道を探る羅針盤のような存在だった。私たちにとって、大きな損失だと思う。最近までネット上で往復書簡を連載していたのに、早過ぎる。

 ▽社民党衆院議員の辻元清美さんの話 政局や政策を相談すれば、的確な分析と具体的なアドバイスが返ってきた。言論の自由と戦争反対の信念を強く持って、自分と異なる意見を排除せず、あらゆる立場の発言や表現の場を守ろうとした人だった。日本が混迷する中で、大きな損失だ。--------------------------------------------------------------
posted by D(各務) at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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