2018年11月28日

「日本国紀」にまつわるあれこれ

百田某の新著「日本国紀」、剽窃とも無断転載とも言われているが、兎に角出典の掲載無しで色んな所から引っ張ってきているらしい。
wikipedia からの引用があると言われていたが、著者本人が twitter で自白しているので事実なのだろう。

...だとすると、これはこの事自体が本の存在・位置づけに大きな意味を持つ。
元々歴史学の専門家とは認識されていなかった百田某が「日本通史の決定版」と銘打つに真に値する書物を書き果せるとはちょっと想像できない。
「通史」と雖も、例えばハプスブルグ君主国の通史を、その分野の専門家でも何でもない作家が「ハプスブルグ君主国通史の決定版」などと銘打って上梓するだろうか?
そんなことはないだろう。そのジャンルの本が今手許に3冊あるが、一つとしてそんないい加減なものはなく、全てその道の専門家達の手によるものだ。

それに加えて、wikipedia の文章を著作に使ってしまったというのは、百田某が「wikipedia とはどういうものなのかすら認識していない」ことを意味している。

wikipedia は、ネットにアクセス出来る人なら、基本的には誰にでも編集可能な「オンライン百科事典」だ。
「編集可能」であるとされる「誰にでも」に該当する人は、それぞれの事柄についての「門外漢」が含まれるし、悪意や思い込みに基づいて「事実と異なることを編集する」ような人も含まれる。ただ、そうした人達による適切でない記載を、正しい内容に修正できる人が気づき次第適切な内容に編集することが期待されていて、その前提で成り立っている。
よって、記事を信頼するかは読み手の自己責任だし、出版される前に専門家や編集者による査読や監修などを経てやっと出版される専門書とは、信頼度において比べ物にならない。
そういうことが分かってないから百田某は自著の文章として転載したのだろうし、そんな本を「通史の決定版」などと銘打って出してしまったのだろう。

尤も、「内容の正しさは基本的にどうでもよくて、如何に面白く読める文章であるかだけが大事だ」というなら、それもよかろう。しかしそんなものを読んでも時間つぶし以外の役には立たない。
posted by D(各務) at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事