2019年02月09日

ヴァーグナー:楽劇《タンホイザー》

新国立劇場で、ヴァーグナーの楽劇《タンホイザー》を鑑賞してきた。
冒頭のバレエのシーンを観て。舞台の大きさに合わせた振り付けなのでそれなりになっているとは思ったが、それにしてもステージがやや狭いのではないか(=もっと大きなステージであれば、また違った振り付けがあるのではないか)という印象を抱いた。
また、オペラ界隈ではヴァーグナーの楽劇は特にメジャーなものの一つと思われるが、そのあたりがキャスト陣の人選にも影響していると思われた。
というのも、以前観たヤナーチェクの《イェヌーファ》のような、出演者の力量差を今回は感じなかったからだ。
勿論今回の《タンホイザー》でも、主役タンホイザーを演じたトルステン・ケールは優れたものだったが、牧童役の吉原圭子など、脇役にも力量ある歌手が配置されていた。
また、合唱団も素晴らしかった。
posted by D(各務) at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月28日

「日本国紀」にまつわるあれこれ

百田某の新著「日本国紀」、剽窃とも無断転載とも言われているが、兎に角出典の掲載無しで色んな所から引っ張ってきているらしい。
wikipedia からの引用があると言われていたが、著者本人が twitter で自白しているので事実なのだろう。

...だとすると、これはこの事自体が本の存在・位置づけに大きな意味を持つ。
元々歴史学の専門家とは認識されていなかった百田某が「日本通史の決定版」と銘打つに真に値する書物を書き果せるとはちょっと想像できない。
「通史」と雖も、例えばハプスブルグ君主国の通史を、その分野の専門家でも何でもない作家が「ハプスブルグ君主国通史の決定版」などと銘打って上梓するだろうか?
そんなことはないだろう。そのジャンルの本が今手許に3冊あるが、一つとしてそんないい加減なものはなく、全てその道の専門家達の手によるものだ。

それに加えて、wikipedia の文章を著作に使ってしまったというのは、百田某が「wikipedia とはどういうものなのかすら認識していない」ことを意味している。

wikipedia は、ネットにアクセス出来る人なら、基本的には誰にでも編集可能な「オンライン百科事典」だ。
「編集可能」であるとされる「誰にでも」に該当する人は、それぞれの事柄についての「門外漢」が含まれるし、悪意や思い込みに基づいて「事実と異なることを編集する」ような人も含まれる。ただ、そうした人達による適切でない記載を、正しい内容に修正できる人が気づき次第適切な内容に編集することが期待されていて、その前提で成り立っている。
よって、記事を信頼するかは読み手の自己責任だし、出版される前に専門家や編集者による査読や監修などを経てやっと出版される専門書とは、信頼度において比べ物にならない。
そういうことが分かってないから百田某は自著の文章として転載したのだろうし、そんな本を「通史の決定版」などと銘打って出してしまったのだろう。

尤も、「内容の正しさは基本的にどうでもよくて、如何に面白く読める文章であるかだけが大事だ」というなら、それもよかろう。しかしそんなものを読んでも時間つぶし以外の役には立たない。
posted by D(各務) at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事

2018年06月10日

Alojs Nebel

EUフィルムデーズ2018 で、チェコ映画 "Alojs Nebel" を観た。
2,3年前にも日本で上映されたことがあったのだが、そのときにはチャンスがなく観られなかった。
気になっていた映画だったので、今回見ることが出来てよかった。

Alojs Nebel は Bílí Potok 駅(蛇足ながら、日本語にすると「白川駅」となる)に勤める鉄道員。幼少の頃にズデーテン・ドイツ人の追放に遭遇しており、その時のことがしばしばフラッシュバックする。
手塚治虫の「アドルフに告ぐ」に出てくるナチスのアセチレン・ランプ氏を彷彿とさせる、角ばった強面に色付きの大きなメガネの風貌だが、性格は全く異なり、無口で気が強いわけでもなければ、自信家でもない。
ラストシーンまで観て汲み取るものは人それぞれだろうが、私は綺麗サッパリ「清算」されるのではなく、人の人生の複雑さを、複雑なままに描いているように感じられた。

終演後、トマーシュ・ルニャーク監督とのトークがあった。
ルニャーク監督は40代半ばで、第二次世界大戦やその後の混乱のことなど自身では経験していない筈だが、自国チェコスロヴァキア(ビロード離婚後はチェコ)でそのためにどんなことがあったかについて、一人の人間としてきちんと向き合っていることが、その話の内容から汲み取れた。
それに比べ、我が国は?自分は?と振り返った時、それが足りてないことを恥ずかしく思った。

また、"Alojs Nebel" の原作は一種のマンガで、主人公は「兵士シュベイク」のように陽気でおしゃべりな人物だったという。にもかかわらずこのように無口なキャラに変更したのは、この "Alojs Nebel" の出身地は無口な人間が多い土地柄だから、無口な性格にするほうが良いと判断したからということだった。
この映画で採用されている「ロトスコープ」という技法がどういうものかを知らずに観ていた。ほぼ白黒モノトーンの割には矢鱈とリアル感があるなと思っていたら、まず実写してからそれを白黒のアニメーションにしているとのことだった。
posted by D(各務) at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2018年05月12日

Foerster - フェルスター? フェルステル? フォエルステル?

19世紀後半から20世紀前半にかけてのチェコの作曲家 Josef Bohuslav Foerster の "Foerster" の発音(の日本語表記)は、現代チェコ語では「フォエルステル」になるらしいが、チェコ・ラジオのチェコ語番組を聴いていても、「フェルステル」と聞こえる(実際には放送した音楽の作曲者として名前が出るので、男性活動体名詞の生格に格変化した「フェルステラ」として耳にしているわけだが)。
恐らく現代ドイツ語では「フェルスター」となる。
19世紀のチェコはハプスブルグ帝国の一領邦であり、公用語はドイツ語だった。
更に、彼の姓は "Foerster" と綴るが、父の Josef のときは "Förster" と綴ったようだ。
何らかの理由でウムラウトが使用出来ない場合、ドイツ語では "ö" → "oe", "ü" → "ue", "ä" → "ae" のようにする置き換えのルールがあるが、Josef Bohuslav の場合もこれに則った綴りの変更ということになる。
私がこれまでに見聞きした日本語表記は
 ・フェルスター
 ・フェルステル
 ・フォエルステル
の3つ。
綴りが "Förster" ならドイツ語圏の姓と看做して「フェルスター」と発音して差し支えないだろう。が、Josef Bohuslav がチェコ人としての自意識からドイツ語的な表記を止めたように思われる。
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2018年03月31日

Josef Bohuslav Foerster の歌曲

ヨゼフ・ボフスラフ・フェルステル [Josef Bohuslav Foerster, 1859-1951] は、チェコの作曲家としては比較的早くに知った存在だったが、長らくの間、聴いた作品は多いとはいえなかった。
その間、録音もあまり入手することなく(食指の動くようなものがなかっただけだったかも知れないが)、ピアノ曲集《夢》Op.47 に始まり、ピアノ三重奏曲、歌曲を何曲か聴いた程度だった。
2014年にピアノ作品全集のCD (piano: Patricia Goodson) が出たのを聴き、交響曲全曲も聴いた。
オーケストレーションは色彩感豊かであり、聴くべきところのある作曲家だというのはよく分かったが、作品はずっと同じような調子なので、長時間フェルステルだけを聴くとしたら、ちょっとした集中力が要るかもしれない。

さて、どこで聞いたか思い出せないが、フェルステルは「歌曲の作曲家」という指摘がずっと記憶にあったのだが、なかなか声楽には手が出なかった。
が、最近オルガ・チェルナー [Olga Černá] が歌った CD を入手し聴いてみたところ、これはなかなかに良かった。
印象深かったのは、
Vier Lieder, Op.60b
Tři notturna, Op.163
の2作品。
前者は第1曲を省略しているのが惜しく思われたが、フェルステルにしては珍しく劇的な内容を持つ終曲の表現が印象的だった。
後者は声楽・ピアノ・チェロの編成で曲調は如何にもフェルステルといった感じのもの。三者の取扱が巧く、特に終曲の最後の声楽とチェロの溶け合うように一体になる部分などは意外性すら感じた。
posted by D(各務) at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2018年01月21日

故・関根日出男先生 一周忌・追悼演奏会

去年1月18日に亡くなったチェコ音楽研究家・関根日出男先生を追悼する、下記の演奏会が開かれる。
関根日出男先生は、インターネットがまだ一般人のものではなかった頃から、何度もチェコ(チェコスロヴァキア)へ足を運ぶだけでなく、自ら築いた交友関係などによってチェコ音楽の情報を大量に仕入れ、日本国内で紹介し続けてきた。
それは演奏会の企画であったり、LPやCDのジャケットに掲載された解説であったり、或いはヤナーチェク友の会で刊行したオペラの対訳と解説シリーズの執筆などであった。
そういった中で関わりのあった演奏家達が集まり、チェコの音楽を演奏する。

日時:2018年2月6日(火)
   開場:18:30 開演:19:00
会場:渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール (地図
プログラム:

  1. ヤナーチェク:ピアノソナタ 1905年10月1日 路上にて 予感・死  /内藤 晃(ピアノ)

    L. Janáček: Sonáta 1. X. 1905 "Z ulice" / A. Naito (Pf)

  2. .竹花加奈子:『径(みち)』〜関根日出男先生の思い出 追悼曲 オリジナル作品
    /竹花 加奈子(チェロ)・三好恭子(ピアノ)

    K. Takehana: "Cesta" vzpomínka na pana Dr. Hideo Sekine / K. Takehana (Vc), K. Miyoshi (Pf)

  3. ドヴォジャーク:歌曲 『ジプシーの歌』より「母の教えてくれた歌」

    A. Dvořák: "Když mne stará matka zpívat učívala" ze sbírky "Cigánské melodie"

  4. ドヴォジャーク:歌劇『ルサルカ』よりアリア「月に寄せる歌」 /以上2曲 平岩佐和子(ソプラノ)沢 由紀子(ピアノ)

    A. Dvořák: "Měsíčku na nebi hlubokém" z opery "Rusalka" / S. Hiraiwa (Sp), Y. Sawa (Pf)

  5. フィビヒ:ピアノ曲集「気分、印象と思い出」より  第355、217、81、19、196、94、368、139番 /志村 泉(ピアノ)

    Z. Fibich: Ze sbírky "Nálady, dojmy a upomínky" č. 355, 217, 81, 19, 196, 94, 368, 139 / I. Shimura (Pf)

  6. マルティヌー:チェロ・ソナタ 第3番より第3楽章 /関根のぞみ(チェロ)、沢 由紀子(ピアノ)

    B. Martinů: Sonáta č. 3 pro violoncello a klavír / N. Sekine (Vc), Y. Sawa (Pf)

  7. トゥチャプスキー5つの四旬節モテット(無伴奏混声合唱曲)  /合唱団わだち、中村敏彦(指揮)

    A. Tučapský: Pět postních motet / Sbor "Wadachi", T. Nakamura (cond)

  8. マルティヌー ピアノソナタ 全3楽章 /ルデック・シャバカ(ピアノ)

    B. Martinů: Sonáta pro klavír / L. Šabaka (Pf)


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2017年07月13日

「真夏の夜のコンサート part2」

チェコに留学していた音楽家による演奏会(出演者の方より案内を頂いたので転載)。
チェコの作曲家の作品は、下記プログラムの他に Slavický の作品が登場するとのこと。



「真夏の夜のコンサート part2」


<プログラム>
M. Glinka:悲愴三重奏曲 ニ短調
J. Halvorsen:ヘンデルの主題によるパッサカリア ト短調
B. Smetana:「わが故郷」より
A. Dvořák:スラブ舞曲集 op46 より第1,2,3,7番
J. Haydn:ピアノトリオ No.39 ト長調 Hob.XV/25
ほか

<東京公演>
日時:2017年8月4日(金) 19:00開演(18:30開場)
会場:ムーブ町屋 ムーブホール
   東京都荒川区荒川7-50-9 センターまちや3・4F
    http://www.sunny-move.com/move/facility/
入場料:前売り/大人 2,000円(当日2,500円)
    前売り/学生 1,500円(当日2,000円)


<青森公演>
日時:2017年8月8日(火) 18:30開演(18:00開場)
会場:県民福祉プラザ 県民ホール4F
   青森市中央三丁目20-30
    http://fukushiplaza.jp/

入場料:前売り/大人 2,000円(当日2,500円)
    前売り/学生 1,500円(当日2,000円)

<出演>
Piano
 鳴瀬 理子
 大石 真裕
Violin
 遠藤 真里
Cello
 五十嵐 千穂


posted by D(各務) at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 演奏会・リサイタル

2017年01月26日

関根日出男先生の追悼記事など

駐日チェコ共和国大使館とチェコセンター東京のサイトに、関根日出男先生への追悼文が掲載された。

■関根日出男先生ご逝去の報に接して(駐日チェコ共和国大使館)
1月18日にお亡くなりになったチェコ音楽研究家、関根日出男先生の訃報に接してのドゥプ大使からのメッセージ
http://www.mzv.cz/tokyo/ja/x2005_07_07_3/x2017_01_25.html

■訃報 ―関根日出男先生を偲んで―(チェコセンター東京)
http://tokyo.czechcentres.cz/news/smutn-zprva-sekineho/
posted by D(各務) at 02:44| Comment(0) | TrackBack(0) | チェコ

2017年01月21日

関根日出男先生ご逝去

チェコ音楽研究家で、チェコの音楽や文学を長年にわたり日本で紹介してきた関根日出男先生が、去る1月18日にご逝去されました。
出版楽譜やCDジャケットの解説、演奏会のプログラムノートなどで解説を書かれてきた他、「チェコ音楽祭」などの演奏会の企画、チェコ語の歌曲やオペラの対訳、チェコ文学の翻訳を上梓するなど、晩年までご活躍でした。
関根先生の著作の一部を、こちらで読むことが出来ます:
 関根日出男先生著作集

個人的には、昨年11/23(祝)の演奏会「ヤナーチェクは晩秋の足音」でご一緒したのが、お会いした最後の機会となってしまいました。
それまでも、演奏会を一緒に聴きに行くことは何度かありましたが、去年は体力的に耐えられないことから途中で帰られることが多くなっていました。にもかかわらず当日は打ち上げにまで顔を出され、多くの人に囲まれて、結局帰られたのは散会してからでした。
大好きなヤナーチェクを堪能出来、嬉しかったのかなと思います。


posted by D(各務) at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2016年11月23日

ヤナーチェクは晩秋の足音

日時:2016年11月23日(祝)14:00 -
会場:渋谷区文化総合センター大和田 4F さくらホール

プログラム
 ドゥムカ
  Vn.上里はな子、Pf.松本和将
 弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」
  プレシャス・カルテット(加藤えりな、古川仁菜、岡さおり、小川和久)
 フラッチャニの歌
  Sop.岩下晶子、Fl.田村桃子、Harp.千田悦子、女声合唱団Belveder(言語指導:ペトル・ホリー)
 コンチェルティーノ
  Pf.松本和将、Cl.横川晴児、Fg.草野雅行、Hr.高橋臣宜、Vn.上里はな子・岸本萌乃加、Va.井上祐悟
  〜 休憩 〜
 シンフォニエッタ(中島良史編)
  Orch.さくら・シンフォニエッタ、Cond.中島良史

この演奏会では全てヤナーチェクの作品でプログラムが組まれ、その編成からなかなか演奏会では取り上げ難い作品も演奏された。
例えばフラッチャニの歌は女声合唱とハープの編成。
シンフォニエッタにはハープとバス・トランペット、テナーチューバを必要とし、しかもバス・トランペットを含めファンファーレだけのための管楽器奏者群がおり、彼らは第1楽章と終楽章にしか登場しない。
コンチェルティーノもピアノ四重奏の編成にホルン、バスーン、クラリネットを加えたもの。「ピアノ七重奏曲」と称しても良さそうな形態だが、ヤナーチェクは「コンチェルティーノ」の方が良いと思ったのだろう。

「フラッチャニの歌」
この作品は録音が殆ど出ておらず、入手が殆ど不可能であるそうだ。
チェコ音楽研究家の関根日出男先生によると、戦争に多くの男性が取られてしまった中であったため、男性がいなくても演奏出来るよう、女性合唱の形態になったとのことだった。
歌詞の意を受けてのことと思うが、最後にハープが低音を暗く響かせるところが印象的だった。

「クロイツェル・ソナタ」
CDで何度か聴いていたが、その時に気付いていなかったことがあった。
一つは、ヤナーチェク自身のピアノソナタ「1. X. 1905」からの引用と思われるフレーズがあったこと、もうひとつは関根先生が言われた「ベートーヴェンのクロイツェル・ソナタからの引用」について。
幸い録音は持っているので、改めて聴きこんでみようと思う。

「コンチェルティーノ」
編成もさることながらスコアもちょっと変わっている。第1楽章はホルンとピアノだけ、第2楽章から徐々に他の楽器も入ってくる。
「要らない」と思った楽器は黙らせておくというだけのことなのだろうが、それにしても偏りが激しい。まるでベートーヴェンの「合唱幻想曲」のよう。
ホルンはなかなか難しい音形だったと思うが、安定感した演奏だった。プロの中でも相当技量がある方だろうと思ったが、あとで中島良史さんとそのことを話した時も「彼の実力は日本人ではナンバーワンだ」とのことだった。

「シンフォニエッタ」
それまでのプログラムでソリストとして登場した管・弦奏者も楽団員として登場。
ティンパニに百瀬氏(N響で主席奏者を長く務めていた)が登場したのには驚いた。終演後、中島さんが各奏者を客席に紹介して拍手を送る中で、百瀬氏にだけは最敬礼で謝意を表していた。
ファンファーレ専門組は全員スタンドプレイだったが、そのせいか彼らの音はよく飛んできた。


全体としては、取り上げる作曲家にせよ、作品の編成にせよ、よくこんなに無茶な演奏会を組んだなという印象(チェコ音楽好きは大喜びであるが)。
そして、演奏の質が高かった。
posted by D(各務) at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 演奏会・リサイタル